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【ROAD TO HURT100 #2】ついに初めての100マイルの旅がスタート。順調と思いきや、OMG! まさかの…?!

2018.04.11 Wed

otsubell

otsubell コロンビア

スポーツアパレルメーカー勤務のotsubellさんのトレラン100マイルレース挑戦記。チームメイトにそそのかされてエントリーしたところ、うっかり当選してしまったハワイで開催される100マイルレース「HURT100」。1周32kmのトレイルを5ラウンドするという、ハワイの楽園ムードとはほど遠い過酷なレース。果たしてotsubellさんの運命はいかに? 今回はスタートから3周までをお届けします。

▼前回のお話はこちら
【ROAD TO HURT100 #1】初めての100マイルへの挑戦。チームメイトにそそのかされてエントリーして…



Earth My Body
Water My Blood
Air My Breath
and Fire My Spirit

隣のランナーと手をつなぎ、目をつぶり、こう、3回唱えてからHURTはスタートする。

大地は私の身体
水は私の血
空気は私の息
そして火は私の魂

 スタート地点に立ち、促されるままこの言葉を唱えているとき、わたしは、なぜか自然と涙がこぼれた。

 緊張と興奮から感情が高ぶりすぎてちょっとおかしな精神状態で、なぜか心の底からこの言葉に納得してしまったのだ。あぁ、わたしは、地球の一部なんだな、そんなスピリチュアルな気持ちに酔いしれつつ涙をぬぐうと、隣のランナーも涙を流していた。緊張と不安ではち切れそうなのは、わたしだけじゃないみたいだ。そう思うと少し心が落ち着いた。

 前日は8時にベッドに入り、朝の3時半に起床。実際はベッドの中でもぞもぞしているだけで3時間くらいしか眠ることはできなかった。アイマスクと耳栓をフル稼働し、教えてもらった連想式睡眠法も試したが、全く効果なし。ちなみに、適当に思い浮かべたアルファベット(たとえばH)を頭文字に持つ単語を延々と思い浮かべて(Heat, Hurt, Human, Hero… など)脳を飽きさせて眠くさせる、という方法。すぐ眠れるとの触れ込みだったが、この時は冴えきった頭で泉のように単語がわいてきてしまい、最終的にHippopotamusとかまで思い浮かべながら眠れない夜を過ごした。カバなんて単語わたしいつ覚えたんだよ。

スタートは朝の6時。まだ薄暗いのでヘッドランプを付けてのスタートだ。

 レースの予想タイムは
 1周目:5時間30分(13日 11:30)
 2周目:6時間20分(13日 17:50)
 3周目:7時間20分(14日 01:10)
 4周目:8時間20分(14日 9:30)※関門 14日10:00
 5周目:8時間00分(14日 17:30)※関門 14日18:00

会場について早々にタイム表をなくしたので、腕に油性ペンで書いていると、右腕にエマ画伯に謎の餃子の絵を描かれた。

 制限時間36時間、予定完走時間は35時間半。36時間を5周で均等に割れば1周は7時間以上かけていい計算になるが、後半ペースが落ちるのを想定して、1周目は5時間半を目標にした。少しオーバーペース気味でも最初は頑張って走ろう、そう決めてスタートを切った。

 わたしはこのレースで初めてストックというものを持ってスタートした。日本のレースでは使用が禁止されているレースも多いので、使ったことがなかった。慣れないストックを初めてのレースで使うかどうか悩んでいたのだが、「腕が死ぬのは足が死ぬよりは全然ましだろ! だって脚さえ残ってば完走できるんだぞ!」と昨年完走した仲間のアンディに言われ、スタートから使うことを決めた。使い始めてみて驚くほど身軽に登っていける自分に驚いた。アンディがアドバイスできる戦術は、レース前1週間オナニー禁止論という糞みたいな戦術だけだと思っていたが、意外といいこと言うんだなと見直しつつ、暗闇の中足を進めた。

 スタート地点から12㎞、最初のエイドParadise parkには約2時間で到着した。走っている間に夜は明け、あたりは明るくなっていた。あっという間の2時間だった。ここのエイドは海賊をテーマにしており、コスプレをしたボランティアの面々に、ハロウィンさながらに装飾されたエイド。エイドでは1人のランナーに対して2-3人がかりでサポートしてくれる。食べ物が恐ろしく充実しており、定番のフルーツやジェルに加え、ブリトーやスパムおむすびなど、ありとあらゆるものが用意されていた。

125人のランナーに対して、ボランティアの方々は200人以上。みんな我先にとランナーをサポートしてくれる。そんな人の暖かさ、そしてボランティアのみんながこのレースを下心なしに純粋に楽しんでいる気持ちが、ランナーの支えになるのだと思う。

 ドロップバックに入れていた麦茶を補充し、エマちゃんが作ってくれたバンダナを半分に縫ったものの中に氷を入れてもらい首に巻きつけてからエイドを出発した。ハワイの1月は、思っていたよりずっと夏だった。低山なので風も吹かず、真夏の日本のレースと大差ない環境でとにかく暑い。

うっかりバンダナに直接氷を入れてしまったので、溶けだした水で全身びしょびしょに濡れている。

 次のエイドNuuanuまでは8km。さっき下ってきた道を登り返し、根っこ道を走り、斜度がありテクニカルなトレイルを抜け、最後に川を渡渉したらエイドだ。Nuuanuエイドは、後から聞いた話ではあるが日系の方が運営しているエイドで、おにぎりやお味噌汁など、日本らしいものがたくさん置いてあったようだ。

「ほしいものは全部ジップロックに入れてあげるから持って早く出なさい!」

 そうボランティアのおじちゃんに促され、わたしはバナナとブドウだけを入れてもらってすぐにエイドをあとにした。またもさっき下ってきた道を登り返し、12㎞先のスタート/ゴール地点のNature Centerを目指しひた走った。

 バンダナのせいで、全身がびしょびしょになったぁぁぁぁぁ! 麦茶がほしい! 麦茶をくれ!! 渡渉でドボンしたから靴を変えたい!! 足の筋肉が張ってるからテーピングやりなおしたい!!!!! ていうかこのポール壊れてるんだけどおぉぉぉぉぉぉ!!!!!(実際はただきちんとロックかかってなかっただけ)

 ほぼ予定通りの時間で1周目を楽しく走りきり、Nature Centerに戻ってきて吠えまくるわたしのリクエストに、エマちゃんとまさしさんが素早く対応してくれた。特に経験豊富なエマちゃん対応は素晴らしく、すばやくテーピングを張り直して、同じ靴を履いていたので靴も貸してくれ、バンダナの氷は直接ではなくジップロックに入れてからバンダナに入れればいいと冷静に教えてくれた。オナ神アンディは風邪をひいて休んでいるらしく姿が見当たらない。

 エイドの滞在時間は少し長めだったが、ここから後の周回は今よりゆっくりのペースで走って大丈夫、という安心感があった。ただ、今までにない筋肉の張りと膝の違和感を少しだけ不安に思いながら、2周目へと向かった。

1周目32㎞ 出発より5時間35分
予定タイム 5時間30分(13日 11:30)
エイド in タイム 5時間35分(13日 11:35)

 2周目。まだ2周目だ、という思いよりも、ひとりで走る最後の周回だ、と思うと気が楽だった。3周目からはペーサーのエマちゃんが一緒に走ってくれる。ペーサーは13日の17時以降、もしくは4周目以降からつけることができるルールなので、足の速いランナー以外はだいだい3周目からペーサーと一緒に走れるのだ。

 よし、無心で頑張ろう。

 そう思い、イヤホンを耳にさし、音楽を聞きながら心のスイッチを切り、思考を遮断した。何も考えずにただただひたすらに足を前に進める。ストックのおかげもあり、登りはまだまだ軽快だ。軽いトランス状態に自分を持っていく。何も考えずただひたすらに足を一歩、また一歩、前に前に進めることだけに集中していた。

 そして、はっと我に返った瞬間、そこに白いテープがなくなっていた。

 おかしい、白がない。(leg 1は白いテープ、leg 3はオレンジのテープでマーキングされている)けどさっきまで人がいたはずだ。さっき抜いた人のザックには、Western Statesのマークがプリントされていたのを覚えている。後ろを追いかけながらこの人Western Sates完走したことあるんだ~、と思ったのを覚えている。やばい、何かが違う、おかしい、と思い、そのWestern Statesおじさんを探しに道を戻った。

※Western Statesとは、アメリカカリフォルニア州で行われている100マイルレースで、世界で最も古く、もっとも権威のある100マイルレースと言われている。

 そしてWestern Statesおじさんを見つけて、

「ねぇ、白テープみた??さっきからオレンジテープしかなくない!?」と声をかけた。

そしたら、おじさんに

「え? 僕はまだ1周目だからオレンジテープでいいんだよ」

と言われた。

 まさかと思った。わたしは比較的後方を走っているという自覚があり、さらにエイドにも長めに滞在したのに、まだ1周目を終わってない人がいるという認識がまるでなかった。頭が真っ白になった。

 わたしは、万物に宿る神は信じているがキリスト教信者ではない。なので、留学して英語を話すときに自分に決めたルールが何個かある。そのうちのひとつが、「oh my god は使わない」というルールだ(他には「F○CK は家の中だけ」「What’s up はちょっと恥ずかしい」「Squirrel(リス)は発音できないから言わない」などがある)。

 だけど、わたしはこのときの状況をこれ以上的確に表現できる言葉を知らないんだ。

OH MY GOD

 昨日、レースの下見をしたときに思ったはずだ。「こんなに丁寧にマーキングされているコースでコースロストする人なんていねぇだろwwww」。

 あれは盛大なフリだったのか。たった30分。36時間の制限時間で、わたしが設定している余裕はたった30分だけだった。それなのに今わたしはその大切な30分を盛大に無駄にした。絶望的だった。こんな絶望的な思いをしたのは、高熱で寝込んでフラフラの時に、当時大好きだった人に熱心に宗教に勧誘されたあの時以来かもしれない。あの人今何してんだろうなぁ……(遠い目)。

 違う、だめだ、悔やんでいる暇も思い出に浸っている暇もわたしにはない。わたしに残された時間はもう多くないんだ。どんなに打ちひしがれようと、必死に元来た道を戻り、白いテープを進み直すしか道はないのだ。何とかして、少しでもいいから取り戻さなければ完走できない、と思い、1周目以上に必死に走ることになり、その焦りはわたしの足をどんどん追い込んでいった。

 その後、わたしは無事白いテープのコースの戻れたものの、白いテープがコース上にしばらく出てこないエリアがあると、不安にかられてまたコースを戻ってしまったり(半泣き)、コース上で唯一の舗装路にでる場所で、たった3メートルくらいをショートカットしようとし、ガードレールに膝を強打したりした(白目)。この時のわたしを的確に表現する日本語がひとつあるので記しておきますね。「踏んだり蹴ったり」。

 そんな絶望感を誰かに聞いてほしくて、コース上ですれ違った日本人のランナー全員にコースロストしたことをアピールしてまわっていたわたしに、とんでもない喜報が入る。レースの関門が1時間延長されたというのだ。しかもその理由が、北朝鮮がハワイに向けてミサイルを発射し、それでレースが一時中断されたからだという(誤報とわかり再開)。人を大量に殺害することが可能なミサイルが発射されることがあり得る世の中で、そんな誤報がレース開催の真っただ中に流れ、その情報が流れたことでレースが1時間延長されたことに、コースロストしていた私は「助かった~」と、思うのだ。この時のカオスな私を的確に表現する日本語がひとつあるので記しておきますね。「風が吹けば桶屋がもうかる」。

 そんなこんなで1周目はあっという間だった12㎞を、どうにかこうにかメンタルすりおろし状態で乗り越えてParadise Parkにつくと、到着の遅れているわたしをエマちゃんが心配そうに待っていてくれた。コースロストしたダメージはあったが、いないと思っていたエマちゃんとまさしさんがサポートに来てくれた喜びで、アドレナリンがどばどばあふれ出た。

エイドで待っていてくれるだけでうれしかった。

 そんなアドレナリンのおかげもあり、精神的には元気が残っていたが、同時に左足の太ももの筋肉と膝に確かな違和感を覚えていた。エマちゃんには足が痛いから遅れるかもしれないけど絶対に3周目にはたどり着くからと伝え、Paradise parkを後にした。どこからその痛みが明確なものになったのかは覚えていない。けれど、1周目と同じようにスピードを出して下ることが徐々にできなくなっていた。

 この痛みは「腸脛靭帯炎(ちょうけいじんたいえん)」と言い、ランナーが陥りやすいいわゆる「ランナー膝」である。症状としては、坂を下る際に、足をついた衝撃を受けると膝の外側が痛む。原因はお尻の筋肉や太ももの付け根の筋肉が固く張ってしまうこと。筋肉とつながっている腸脛靭帯が、張ってしまった筋肉に引っ張られ、引っ張られた筋膜が膝を曲げると骨とこすれて痛みが発症するらしい。登るときにはほとんど痛みはでないが、下りは走れないほどの痛みで、なぜか痛み止めがほとんど効かない。と思う。たぶん。

 わたしは、今までのランニング人生でこの腸脛靭帯炎で膝が痛くなるということを経験したことがなかった。なぜこのタイミングでなったかもよくわからない。今起こっているこの痛みに対して、何をどうしたらいいのかが全くわからなかった。とにかく耐えて先を急ぐことしかできなかった。残り100㎞以上ある。確実に増していく痛みとともに、残り100㎞を走り抜けるのだろうか。日が沈み、だんだん暗くなってくる周りの景色と同時に、わたしの心もだんだんと弱くなっていった。

 とにかくこの周回を早く終えたい、またみんなに会いたい、と、Nuuanu を越え、Nature Centerへ向かいひた走っていると、突如前に足を引きずって歩いている人が目に入ってきた。

 シンさんだった。

 シンさんとちゃんと話をしたのは、このHURTのレースがはじめてだった。シンさんはわたしよりもずっと走力のあるランナーだ。前を走るシンさんとコース上ですれ違うたびに「いいペースだよ!」とか、「もうすぐエイドだからがんばれ!」「エイドでまさしさんとエマちゃんが待ってるよ!」など、必ず、そして誰よりも優しく声をかけてくれ励ましてくれていた。もともとわたしよりも30分くらい先を走っていたし、さらにわたしがコースロストをしていたので1時間くらいは前にいるであろう人が、すぐそこで足を引きずって歩いている姿に驚いた。

「シンさん! どうしたんですか?」

そう声をかけると、どうやら足を捻挫してしまったらしい。HURTのトレイルは、とにかく木の根っこが多い。その木の根っこに足を取られ、もしくは根っこを避けようとし、足を捻挫してしまうのは決してシンさんだけに起こることではなかった。

「わたしも腸脛がやばそうなんですよね。。。」と言うとシンさんは

「大丈夫、オトちゃんはまだまだ行けるよ! がんばって!」

と声をかけてくれた。

 人と言葉を交わすというのは不思議な力をもっているもので、シンさんに声をかけてもらった後、ペースがぐんと上がった。同時に、シンさんの今後のレース展開がとても気になった。わたしよりずっと走力のある人なのに……、彼のこのレースにかけてきた時間や、完走にかける想い、それでも弱音もはかずにただ純粋にわたしのことを励ましてくれたシンさんの姿に勝手に胸が熱くなった。トレイルランナーってなんでこんないい人が多いのだろう。そんな勝手に熱くなった胸を抱えたまま、Nature Centerまで駆け下りた。

走り始めて64㎞ 出発より12時間24分
2周目予定タイム 6時間20分(13日 17:50)
2周目エイド in タイム 6時間49分(13日 18:24)

 Nature Centerに戻ってきて、再びエマちゃんにテーピング貼り直してもらったり、マッサージをしてもらったりした。3周目は、夜のパート。1周ずっと暗闇だ。だけど、ここからはひとりではない。エマちゃんと一緒だ。

 ライトを装着して3周目のスタートをきった。まだまだ登りはいける。最初は登りが続くので、エマちゃんとおしゃべりをしながら進んだ。エマちゃんとは、HURTに行くまでの間に何回も会っていたが、レースまでの間はずっとお互いに当たり障りのない会話だけをして、残りは全部走っている間に話そう! と約束していた。

 先ほど膝を強打したガードレールまではまだいくぶん順調だった。そしてガードレールの先には、ココナッツエイドがある。このココナッツエイドは、Michael Arnsteinというフルータリアンで有名なトレイルランナーが個人的にやっている私設エイドで、フレッシュなココナッツウォーターを出してくれる。

ココナッツを斧で開けてくれるのがMichael。過去HURTでの優勝経験もあるトップランナーだ。

 彼はランナーとエイドを毎年交互にやっているそうで、彼が出走している年にはこのココナッツエイドは開設されないらしい。開設された今年はとてもラッキーだし、こんな風にトップランナーがボランティアでやってくれる私設エイドがあるのも、HURTの魅力のひとつだなとしみじみ思う。さっきの周回は膝を強打した後白目で焦りまくっていたタイミングでこのエイドには寄らなかったため、この周回でエマちゃんと寄るのを楽しみにしていた。このレースではじめてのココナッツウォーターを飲んだ。すっきりさわやか。おいしかった。あの味は一生忘れない。と、言えるならば言いたい。

 そしてこのココナッツからが地獄の幕開けだった。膝が痛い。もう、今までとは比にならないレベルだった。今までは痛いなーと思いながらも走ることができていたのだが、ここから先はスピードを出すと着地の際に激痛がはしり、早歩きしかできない。

 そんなわたしに、コースの途中でテーピングを強化してくれたり、ストレッチ方法を教えてくれたりと、エマちゃんが今まで培ってきた英知をフルに生かしてサポートしてもらい、さらに今までため込んできたおもしろネタをひとつずつ話してもらいながら必死に足を進めた。エイドにつく前に、チームメイトのバヤさんと、ペーサーのまさしさんペアとすれ違った。腸脛の痛みを訴えるわたしに、まさしさんから「俺はもう腸脛とお友達やで」と言われ、そうか、この痛みとは友達になれるのか、これが、痛みを抱きしめるってことか、などと感慨深く思ったりしていた。

 夜のエイドはさながらクラブのような盛り上がりをみせていた。登りも下りも早歩きしかできなかったため、今まで2時間でたどり着けていたParadise Parkまで、3時間もかかってしまった。待っていてくれたオナ神アンディが「ここまでくるのに3時間もかかってしまった、どうしよう、足が痛い」と弱気になっているわたしに、「大丈夫、夜はみんなペース落ちるから、焦らずにがんばれ」と励ましてくれた。

 Paradise Park を後にし、しばらく歩いていると、前からシンさんがやってきた。勝手にさっきのNature Centerでやめるだろうと思っていたわたしは、その勇士に驚いていると、エマちゃんは言った。

「まだこれだけ関門までに時間が残っている中で、やめるという判断は、きっとわたしでもなかなかできないと思うよ。わたしならせめて行けるとこまではやめずに行きたいと思うな」

 そうか、そうだよな。わたしもこのままどこまで行けるかわからないけど、行けるところまでは行こう。そう心に誓い再び歩み始めると、そこでWestern Statesおじさんに遭遇。周回レースはメンタルを削られるデメリットもあるが、コース上で何度も他のランナーとすれ違えるというメリットもある。すれ違うたびにみんな必ず「Good job!」「Nice work!」「Keep on going!」などと声をかけあう。Western Statesおじさんとは、うっかりついて行ってしまった後の2周目、コース上ですれ違ったときにも、「コースに戻れたんだね! あそこでロストしてるのにこの場所を走っててすごいよ!」と声をかけてもらい、そしてこの3周目の時も「もう二度と僕にはついてきちゃだめだよ!」と言葉を交わし、そんなやりとりに思わず笑顔がこぼれた。

※ちなみに、彼の背負っていたWestern Statesのプリントがされているザックは、完走者だけが持っているものではなく、既製品で誰でも買えるというのは後から知った。

 心が癒され、頑張ろう、と再度思うそんな気持ちを、秒でえぐるレベルでその後のNuannuまでの道のりはさらなる地獄だった。この32㎞のコースの中で一番テクニカルであり、斜度もあり、膝の痛みに加えて、路面がスリッピーで、夜で足元も見えづらく、何度も何度も何度も滑って転んだ。どんどんどんどん気持ちがえぐられ、どんどんどんどん心が弱くなっていった。そんなわたしを盛り上げようと、エマちゃんが「最近出会ったしょうもない男ストーリー」を話してくれているのに、「その男まじで胸糞悪い糞野郎だから、聞いてるだけで胸焼けして気持ち悪くなってきた。もう聞きたくない」などと、とんでもない殿様リアクションをしたりしながら足を進め、そして痛みと削られていく心に耐えきれず、わたしは明確に弱音を口にするのだった。

「もう嫌だ。痛い」

 暗闇で、エマちゃんの胸糞男子トークを話半分で聞きながら、わたしはずっと考えていた。痛みに耐えることの意味はなんなのかと。意味はあるのか。意味なんてないんじゃないか。そしてどんどん、「あぁ、もう完走は無理だろうな」という気持ちに支配され始めていた。「次の周は~」、とか、「5周目は~」などと、先の周回の話をするエマちゃんに、わたしは今の周回すら行けるか危ういくらい痛いのにそんな先の話されても知らんがな、と、イラつきさえ覚えていた(完全なる八つ当たりです、ごめんなさい)。

夜のNuuanu エイド。夜通しでボランティアしてくれる人たち。

 弱った心は次第といろんな方面へ思考を巡らせていく。わたしは痛みを抱きしめ切れてないのかな、この痛みはメンタルでカバーできるものなのかな、完走したいと願う気持ちが今よりももっともっと強ければ、もっとがんばれるのかな。きっとエマちゃんならこの痛みを抱きしながら、もっとがんばって、絶対完走するよな。わたしは弱いな、そもそももっと練習していればこんな痛みも出なかったのかな、もっと筋トレ真面目にやればよかったな、オナ神アンディがしつこくスクワット動画をメールしてきたな、無視しなければよかった、そんなことを延々と考えながら、エマちゃんの胸糞男子ネタも聞きつぶし、予定より2時間以上遅いタイムで3周目を終えたのだった。

走り始めて96㎞ 出発より21時間48分
3周目予定タイム 7時間20分(14日 01:10)
3周目エイド in タイム 9時間24分(14日 03:24)

つづく

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