• 山と雪

【特別ガイドルポ】秋の紅葉、北アルプス白馬エリアの絶景を求めて!vol.1 ─── 長野・白馬八方尾根〜遠見尾根を歩く。

2018.09.14 Fri

北村 哲 アウトドアライター、プランナー

チラリと見える八方池と、山肌のあちらこちらに見えるうつくしい秋色。

 白馬には、比較的簡単にアプローチできて、しかも紅葉がすばらしい場所があるらしい。そんな話を聞いたのは、9月上旬のことでした。少し調べると、それはスキー場で有名な八方尾根と谷を挟んだ、遠見尾根のことだということが、すぐにわかりました。

 北アルプスの後立山連峰は荒々しい岩稜が続く広大なる山塊で、主峰の鹿島槍ヶ岳を中心に南北にいくつもの名座がそびえ立つ。わたしは3年前の夏に、白馬大池から爺ヶ岳まで縦走したことがあります。白馬三山(白馬岳、杓子岳、白馬鑓ヶ岳)の先に、唐松岳(2,696m)、五竜岳(2,814m)が名を連ねており、白馬鑓ヶ岳と唐松岳の稜線をわかつ不帰キレット、五竜岳と鹿島槍のあいだに深く切れ込む八峰キレットなど、北アルプスのなかでも指折りの難所を抱える山域です。どちらも緊張を強いられるエリアで、いまでも思い出すだけで手に汗握る記憶が鮮明に思い出されました。

ゴンドラ乗り場にあった、北アルプス・後立山連峰のマップ。

 そして、今回めざすことになったルートというのが、なんとこのエリアのちょうどあいだとなる場所。比較的に楽にアプローチできるポイントとは、八方尾根と遠見尾根ことでした。なぜなら、この尾根には、行きも帰りもスキー場に併設されたゴンドラリフトを利用することができるから。冬の白馬に来ている人なら、おなじみの白馬八方尾根スキー場のゴンドラとリフトを使って、標高差1,050mを一気に稼ぎ、登山道入口の八方池山荘へ。そこから、主稜線に位置する唐松岳頂上山荘をめざします。稜線に出たら、五竜岳に向かって細い岩稜をたどり、遠見尾根を下りるこのルートは、北アルプスの景観を満喫できるオイシイところどりの1泊2日の行程です。標高差があるこのエリアでは、山の上から麓にかけて赤や黄色から緑色にグラデーションとなる、とびきりいい紅葉が楽しめるという情報も。高鳴る胸を押さえつつ、一路白馬に向かったのでした。

北アルプス、白馬八方尾根の紅葉。登山道のすぐそばには、ナナカマドの紅葉やチングルマの草紅葉が、鮮やかに彩ります。

 長野県の白馬村は言わずと知れた、夏は登山、冬はスキーやスノーボードで人気のエリア。1998年に開催された長野オリンピックの会場でも重要な役割を果たした場所です。このときに、長野新幹線(現在は、金沢まで開通した北陸新幹線となった)の開通や高速道路や幹線道路の整備もあって、公共交通機関でもマイカーでもアクセスしやすいところとなっています。この山行計画では、リフトやゴンドラで標高が稼げるということもあり、登山としては比較的遅い出発の朝10時に白馬八方尾根スキー場のゴンドラに乗るという、のんびりとしたスタートとなりました。

 冬の八方ではスノーボードを楽しんでいることもあり、乗り馴れたルートで、ゴンドラ→リフト→リフトと乗り継いでいきます。雪がないとこんな感じなんだと、真っ白な景色しか見たことのないゲレンデを眺めていると、あっという間に登山道入口の八方池山荘まで到着してしまいました。と、ここまではよかったのですが、麓からみえていた青空はゴンドラで登り始めたころからあやしい雲行きになり、リフトに乗り換えたころには、あたりはすっかり霧に包まれて真っ白になってしまいました。しかも、寒い。今回の登山メンバー全員が「こんなはずじゃ……」と、最初みえていた青空を思い出して、テンションが低くなります。とはいえ、白馬の紅葉を見る山行は始まったばかり。天気予報では、今日の天気は悪くないはず「標高あげたら、晴れるかも?」と同行の女性2人と話しながら各自ウェアを調整し、気持ちを切り替えて出発しました。
アプローチが楽々なのが、このルートの魅力のひとつ。いままで真っ白なゲレンデしかみたことがなかったので、雪のない時期のリフトに乗っているのが不思議な感じ。

 よく整備された登山道を歩き出すと、まわりの景色は、さっそく緑に混じって朱、橙、黄色と紅葉した表情豊かな山の景色が広がっているではありませんか。しかし、霧の白さで、まだ全貌はわかりません。紅葉のシーズンをズバリ当てるのは、じつはけっこうむずかしいもの。今回の登山でも、事前に紅葉の進行状況を2週間ほど前から綿密に調べていたのですが、はやく自分の目で紅葉の具合をたしかめたいというモヤモヤした気持ちのまま、しばらく黙々と歩きました。

空は曇っていても足元を見渡すと、ところどころに高山植物の秋を感じる。

 そんなとき、ちょうど第2ケルンの手前で、雲の割れ目からぽっかりと青空が見えて、山肌を黄金の光が流れる瞬間がありました。「うわー、やったね!」と、同行者の小室千可さんのテンションも急上昇。八方ケルンまでたどり着くと、ついに青空と白馬三山が目の前に出迎えてくれはず……だったのですが、やはりまだ雲が、山の上のほうにへばりついています。残念な気持ちを取り直して、絶景ポイントと名高い八方池に向けて出発しました。

霧がじょじょに抜け、視界良好になってきた! と、思わず笑顔になる同行者の女性ふたり。遠くに見えるのが、八方ケルン。

 八方池があるのは、標高2,060m。雪解け水や雨水によってできた天然池で、水深は深いところで4.4mもあるといいます。神秘的な池と白馬の山々とのベストマッチな景色は、写真愛好家にも有名なスポット。また、ここまでは比較的、軽装な登山装備でもたどり着けるということもあり、到着したときにはすでに大勢の訪問者で大変賑わっておりました。標高も2,000m代に入り、見え始めた山肌の紅葉は、緑に混じって朱色や黄色が増えて、池とのバランスもすばらしい景色です。ただ、なかなか頂上まで雲が抜けてくれません。少し粘って、軽く昼食をとりながら、雲が抜けるのをみんなで待ってみたのですが、時間はどんどん過ぎていきます。遅めにスタートしたこともあり、八方池越しの白馬三山の紅葉をみるのは諦めて、先を急ぐことにしました。

なかなか、雲の向こうの白馬三山が顔を出してくれない。後ろ髪引かれつつ、先を急ぐ。

 八方池から先は、この先の唐松岳頂上山荘をめざす登山者しかおらず、先ほどまでの賑わいもなくなり、静かな時間が待っていました。最初に取り付いた、少し急な岩場を抜けるとダケカンバの森に入っていきます。白い幹と黄色や橙色の葉に染まった景色は、霧の効果もあって少し神秘的な雰囲気でした。

ダケカンバの森。ダケカンバと白樺の見分けかたは、枝の色と幹の樹皮。枝が白いのがダケカンバ。黒っぽいのは白樺です。また、樹皮がはがれやすくて、ボロボロになっているのがダケカンバ。白樺の幹は、白くゴツゴツとした黒い節・斑があり、ツルツルとしています。

 森を抜け、秋空を眺めながら標高を上げていくと、まわりの景色が秋から冬へと移り変わっていきます。植物の葉は、黄金色に変化していき、今度は真っ赤な葉と真っ白な綿毛姿に変わったチングルマに遭遇しました。そして、丸山ケルン(標高2,430m)に到着すると景色は一変、なんと白とグレーの冬の世界に入り込んでしまいました。ハイマツから頭を出しつつも、枝しか残っていない木々は「雨氷」になっています。キラキラと輝く氷の衣装をまとった木々たちの景色にテンションが上がったわれわれは、寒さと疲れも吹っ飛んで、各自の撮影タイムとなりました。この一帯は、すでに森林限界。風も強く、ハイマツが多く生息していたのですが、そのハイマツの葉や松の実が氷に包まれて、先ほどまでの華やかな紅葉はどこへやら。いつの間にか、うつくしくも寒い冬の世界に踏み込んでしまっていたのでした。

丸山ケルンを過ぎると、秋からいきなり冬の装いに! 足元の草紅葉にも雨氷が冬の芸術をつくりあげていました。(左上)薄い雨氷をまとった木の枝を思わず「パクっ」とくわえてしまった斎藤千春さん。おいしかった? (右下)気がつけば、自分の髪も凍り始めていました。

 ふとわれに還ると、自分の髪も凍っていることに気づき、急に寒さが襲って来ました。「寒い寒い」と呪文のように唱えながら、急ぎ足で唐松頂上山荘に向かうと、なんと道標にエビの尻尾らしきものが、できているではありませんか! 山荘の入口にもツララができていて、驚くほど寒い。八方尾根の紅葉を見ながらスタートした今回の山行でしたが、最後は極寒の冬の入口に踏み込んでいました。この山の変化に驚きながら山小屋の前で記念撮影をして、早々にあたたかい山荘に逃げ込むように入ったのでした。

右)ついに後立山の主稜線に到着。道標に氷の塊がびっしりと張り付いていました。これ、エビの尻尾に成長するんでしょうね。左)唐松岳頂上山荘は、10月の初めですでに冬の装い。ツララができていました。

 唐松頂上山荘は、収容人数350人の広く、快適な山荘でした。前回訪れたのは8月だったこともあり、そのときはテント泊をしました。山小屋の前に段々畑のように区画されたテント場にテントを張り、目の前にドドーンとそびえ立つ剱岳に沈む夕日を眺めながら、不帰キレットを乗り越えて来た話をつまみにビールで乾杯したものです。今回は、季節的にも山小屋を選択したのですが、結果的にこんなに凍えて山小屋につくとは思いも寄らず、山小屋のありがたみを感じながら過ごすことになりました。

 身支度を整えると、すぐに夕飯でした。この日のメニューは、ハンバーグカレー&コーンスープ! しかも、カレーはおかわり自由という、すばらしいサービス。メンバーの笑顔が止まりません。疲れて冷えた体に、あたたかいカレーは活力を与えてくれました。ふたりとも、早々にカレーを完食して「おかわりをしまーす」と、笑顔でしゃもじを握っています。小室さんは、カレーを3杯食べても、まだ物足りなさそうな顔をしておりました(笑)。

唐松岳頂上山荘のボリューム満点の夜ご飯。カレーおかわり自由に大満足のおふたりです。

 この日は、ちょうど中秋の名月。夕食後に山小屋の外に出てみると、天候はすっかり回復していて、満月が雲海の上に顔を出しています。なんと、小室さんが、お月見だんごを持ってきてくれたので、みんなでいただきました。夕飯後でも、こういったお菓子は別腹なんですね。めまぐるしく変わった気候や天気も、最後にうつくしい中秋の名月を見られたこの日の夜は、明日の快晴を祈って早々に全員就寝したのでした。

取材日はちょうど中秋の名月。雲海の上に秋の夜の絶景が待っていてくれました!

(つづく)

【写真=田渕睦深 文=北村 哲 モデル=斎藤千春、小室千可/好日山荘】
 
 

地図制作:オゾングラフィックス


■参考コースタイム
1日目 歩行計/3時間55分 八方池山荘(1時間)第2ケルン(15分)八方ケルン(10分)八方池(1時間)丸山ケルン(1時間30分)唐松岳頂上山荘
2日目 歩行計/6時間55分 唐松岳頂上山荘(20分)唐松岳山頂(15分)唐松岳頂上山荘(30分)牛首(2時間)五竜山荘(1時間)西遠見山(1時間)大遠見山(50分)小遠見(1時間)地蔵ノ頭

■アクセス
【起点までのアクセス】
公共交通機関の場合は、北陸新幹線長野駅下車~特急バス「長野-白馬線」~白馬八方尾根スキー場/特急あずさ松本駅下車~JR大糸線白馬駅~路線バス「猿倉線」~白馬八方尾根スキー場

マイカーの場合は、長野自動車道安曇野IC~北アルプスパノラマロード~国道148号線~白馬八方尾根スキー場/上信越自動車道長野IC~国道19号線~白馬長野オリンピック道路~白馬八方尾根スキー場

【ゴンドラリフト】
白馬八方(八方アルペンライン)
白馬五竜高山植物園(アルプス展望リフト、テレキャビン)

*本格的な雪が付くまでの秋のシーズン中は、八方尾根へのアプローチと遠見尾根からの下山にはゴンドラとリフトを乗り継いでの山行が可能です。往路は白馬八方尾根スキー場の八方アルペンラインを、帰路は白馬五竜スキー場のアルプス展望リフトとテレキャビンを利用します。ただし、2018年の秋は10/28(日)まで営業予定です。

■山行アドバイス
ゴンドラに乗った麓からの標高差は1,000m程度ですが、気温の変化が非常に激しく、秋と冬の両方を感じた山行となりました。初日は霧のなかの行動で雨氷に出会い、翌日の早朝は大きな霜柱が立ち、天気予報も雪マークが出たほどです。秋の登山であっても防寒対策として冬を意識した装備、手袋、ネックウォーマー、ニットキャップ、フリースやインナーダウン、あたたかいベースレイヤーなどの準備が必須となります。

Latest Posts

Pickup Writer

ホーボージュン 全天候型アウトドアライター

菊地 崇 a.k.a.フェスおじさん ライター、編集者、DJ

森山憲一 登山ライター

高橋庄太郎 山岳/アウトドアライター

森山伸也 アウトドアライター

村石太郎 アウトドアライター/フォトグラファー

森 勝 低山小道具研究家

A-suke BASE CAMP 店長

中島英摩 アウトドアライター

麻生弘毅 ライター

小雀陣二 アウトドアコーディネーター

滝沢守生(タキザー) よろず編集制作請負

宮川 哲 編集者

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

ふくたきともこ アウトドアライター、編集者

北村 哲 アウトドアライター、プランナー

渡辺信吾 アウトドア系野良ライター

河津慶祐 アウトドアライター、編集者

Keyword

Ranking

Recommended Posts

# キーワードタグ一覧

Akimama公式ソーシャルアカウント