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【低山ガイド】西のよい山ひくい山——奇岩と伝統食材に出会う“島低山”

(2019.02.08)

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 連絡船で穏やかな海を渡り、醤油という、和の香り漂う里にやってきました。それを見下ろす山は、瀬戸内の島のイメージにはない岩峰のつらなり。伝統と自然の驚異に出会う、冬の瀬戸内海の低山へ。

千羽ヶ嶽(371m) 香川県小豆島町/小豆島
拇指平(おやゆびだいら)からの絶景。右奥の山の向こうに千羽ヶ嶽の山頂がある。

 豊かな潮の香りから、踏みしめた落ち葉の匂いへ。連絡船を追うウミネコの饒舌から、冬枯れの梢を揺らすアオジの囁きへ。海の向こう、島の山をめざすときは、ふだんの山旅よりも自然を楽しめている気がします。

 そして、島ならではの出会いも嬉しい。瀬戸内海に浮かぶ小豆島でそれは「醤油」。みなさん、醤油がどうやって造られるのかご存知でしょうか? 道すがらその伝統製法を見学できるのが、千羽ヶ嶽を縦走するトレイルなのです。
小豆島を「日本のエーゲ海」ではなく、「日本のパタゴニア」と呼びたくなる千羽ヶ嶽の威容。画面左手前の拇指岩は、瀬戸内海有数のクライミングゲレンデ。橘上バス停から登山開始のほうが景観的にすばらしい。

 一般的には「日本のエーゲ海、オリーブの島」な小豆島ですが、登山界では「吉田の岩場」などで知られるクライミングフィールド。しかし、岩登りの経験が少ない人でも、この島には奇岩や目もくらむような高度感を満喫できる山があります。千羽ヶ嶽はそのひとつで、標高はまさに低山だけど海辺から見上げる姿はパタゴニア——アウトドアウェア「パタゴニア」のタグに描かれている峰のよう。じつに、かっこいい。
橘集落の登山口は、石垣の間の細道なので注意。石垣に白ペンキで「親指岩↑」と書いてある。雑木林の登りで、固定ロープのある岩場が数ヶ所。
 千羽ヶ嶽へは、海辺のひなびた集落「橘」からクヌギやコナラ、カシの雑木林を登っていきます。岩場や滑りやすい急登があるものの、固定ロープが設置されているのでむずかしくありません。途中、ニホンザルの群れに遭遇したりしながら、千羽ヶ嶽登山でいちばんの展望地「拇指平」へ。広がる海とそびえる岩壁がひとつの絵になるという、登山者限定の瀬戸内風景を楽しめます。
直前までニホンザルが日向ぼっこしていた岩場を登っていく。
 その先は、プチクライマー気分になれる一枚岩を登り(補助ロープあり)、樹林帯のガレ場を過ぎれば狭い岩峰、千羽ヶ嶽です。山頂の定員は人1名+ニホンザル数匹。冗談ではなく、この日は2頭と山頂で鉢合わせに。彼らの置き土産(糞)があったりするので手元足元には要注意。
千羽ヶ嶽山頂は、非常に狭い岩峰。
 さて、千羽ヶ嶽を越え、山道から林道、そして安田集落へと下ると、そこは醤(ひしお)の郷。小豆島の醤油づくりは江戸時代初期からの歴史があり、現在は22軒の蔵元が残っています。千羽ヶ嶽の下山ルートにある「ヤマロク醤油」は創業約150年。ここの、明治初期につくられた木造の蔵には巨大な杉樽が並び、そのなかで2年または4年かけて醤油が醸造されています。柱や梁や土壁、杉樽の表面はぼろぼろに見えるけど、それは付着した菌の集合体。そもそも醤油というものは、大豆と小麦、麹、塩、その地に常在する菌、そして自然現象(風と温度と湿度)の産物。この古めかしい蔵は、醤油づくりの原点を教えてくれる空間なのです。
少なくとも100年以上使われてきたヤマロク醤油の土壁の蔵と杉樽には、百数十種類の菌(乳酸菌・酵母菌)が常在。小豆島の自然が約2夏かけて生み出すここの醤油は、日本が誇れるスローフードのひとつだ。見学可だが、前日から納豆を断食する必要あり(蔵の常在菌は納豆菌に弱いので)。ヤマロク醤油
 最盛期(明治時代)には約400軒あったという小豆島の醤油蔵。それほど繁盛したのは、かつての瀬戸内海が物流のメインルートで、そこに浮かぶ島々は人や物が集まる要衝だったから。そしてその繁栄の時代は、日本人が石炭や石油に頼るようになった期間よりはるかに長い。現代の私たちのライフスタイルは、人類の歴史では瞬きよりも短い——なんてことをつらつらと考えながら、時がたゆたうように流れていく島の山旅であります。
多島美の瀬戸内海らしくない大海原にも出会える山です。


地図製作=オゾングラフィックス

■千羽ヶ嶽(371m)
 小豆島の南東部にある岩の峰。初夏から秋にかけては登山口からしばらくは雑草の繁茂が激しいので、冬の登山がおすすめ。有名観光地の島だけあって、下山後は名産のオリーブ油を使ったイタリア料理や、瀬戸内の地魚料理など島のグルメも楽しめる。

■山行コースガイド
〈歩行計=2時間50分〉橘上バス停(10分)登山口(45分)拇指平(25分)千羽ヶ嶽(30分)林道(1時間)安田上バス停

 橘集落の登山口周辺は乗用車5台分ほど駐車可。路線バス(小豆島オリーブバス)は便数が少ないので注意。千羽ヶ嶽の山頂から安田集落への登山道は、出だしがやや不明瞭。山頂のリッジ伝いにちょっとだけ西へ向かうと、灌木の間に踏み跡と「登山道」と記された赤い小さな札あり。該当1/25,000地形図は「草壁」。小豆島オリーブバス 

 
 
ライター
大村嘉正

四国の瀬戸内海暮らし。仕事は自然・旅系ライター&フォトグラファーで、生きかたはバックパッカーでリバーランナー。著書はラフティングガイドたちの1年を追った『彼らの激流』(築地書館)。

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