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【ホーボージュン書き下ろしエッセイ】雪と山とスノーパック グレゴリー「Targhee32」

(2019.11.18)

登山のTOP

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 ターギーの背面ジッパーを開け、中からサーモスのボトルを取り出す。かじかんだ指先で栓をひねり、カップに白湯を注ぐと、立ち上る湯気が谷からの風に煽られて上空へと消えていった。その先を見上げると白い稜線が見えた。あそこが今日のドロップポイントだ。ここからだとあと20分ほどだろうか。

「ふう」

 白湯を飲み、ひと息入れる。ただのお湯がこんなにも甘く、こんなにも力を与えてくれることを雪山に入らない人はきっと知らないだろう。そして街にいるときはただの白くて冷たい雪が、山の中ではこんなにも美しく輝き、まるで粒の一粒一粒が生きているように感じることも、きっと知らないに違いない。

 バックカントリースノーボードと出会って、僕の人生は大きく変わった。いまや冬の4カ月間はひたすら雪のことばかり考えている。パウダースノーを追いかけて日本中を走り回り、氷点下の雪原で車中泊を繰り返す。低気圧と等高線が僕の毎日を支配しているといってもいい。

 ゲレンデでのスノーボードも、もちろん楽しい。きれいに整地されたピステンバーンを深いターンで攻めていくことも、リフトを使って本数を回しクタクタになるまで滑り続けることも、幻想的なナイターの照明の中をカリカリに冷えた風を浴びながら滑ることも、僕はいまも大好きだ。でも深々と雪が降り積もった静かな山の中へ分け入り、何時間もかけて高度を稼ぎ、ノートラックの斜面を滑る楽しさを、そして深い深いパウダースノーがもたらす浮遊感と快楽を知ってしまったら、ちょっともうやめられなくなる。

「さあ、行こうか」
 
 長い休憩は身体を冷やし、体力を削り取ってしまう。僕はターギーを背負うと、かじかみ始めた指でスキーストックを握り直した。そしてスプリットボードを軽く蹴って積もった雪を払い落とすと、深い新雪を踏みしめながら再びハイクアップを始めた。

 シュッ、シュッ、シュッ

 シールが雪の上を滑る音が耳に心地いい。僕はスノーシューとスプリットボードを山域によって使い分けているが、今日はスプリットなのでシール歩行だ。スノーシューに比べると、スプリットボードは足運びが楽だ。それになにより背中が軽い。 スプリットボードを使うようになって僕はスノーパックをグレゴリーに変えた。『ターギー32』というモデルだ。これまでは長大なパウダー用のスノーボードをいかに上手く取り付けられるかを中心にパック選びをしていたが、いまはサイドスロットの大きさやサスペンションシステムの性能など、より専門的な部分に目が行くようになった。スノーパックは高い専用性が求められるので、ひとつひとつの機能がとても重要になってくる。たとえば普段街で使っているデイパックで登山することは(快適ではないにしても)可能だが、バックカントリーに使うことは不可能だ。それほど専門性が高いのである。

 じゃあなにがそんなに違うのか。大きく言うと次の3つだ。

■アバランチギア・ポケット
 バックカントリーは常に雪崩の危険と隣り合わせにある。とくに新雪が降り続ける厳冬期やスティープな斜面では雪崩リスクを考慮しなければならない。

 そのため全員がビーコン、プローブ、スノーショベルという3つのアバランチギア(いわゆる“三種の神器”だ)を携行し、いつでも使えるようにしておくのが常識となっている。そしてそのプローブとショベルを仕舞っておく専用ポケットがアバランチギアポケットだ。こうして専用のポケットを用意するのは、万が一の時に瞬時に取り出せるようにするためだ。雪崩での死亡者は窒息が全体の75~94.6%を占め、外傷や低体温症による死亡を大きく上回る。また雪崩埋没者の生存率は20分を超えると急速に下がるため、事故直後の初動が運命を分ける。だから他の荷物と区別して収納し、すぐに取り出せるようにしておくのだ。

 ターギーの場合、正面外側の一番取り出しやすい位置にアバランチ・セーフティポケットが設けられている。ポケットは大型でサイズの大きなショベルも入るし、プローブやショベルのハンドルが安定して収納できるスロットも備わっている。
 ちなみに僕はシールやブラシ、スクレーパーなど雪が付着するギアもここに入れている。そうすると保温着や予備グローブなどの他の荷物を濡らす心配がないので安心なのだ。

■スキー&スノーボードキャリー

 スノーパックで重要なのは大きく重いスキーやスノーボードをいかに安全に快適に運べるかである。さまざまな状況が予想される雪山では、スキーを背中に背負いアイゼンやキックステップで登攀しなければならない場合もある。またスノーボードの場合はつねにボードかスノーシューのどちらかをパックに装着した状態で行動するので、その使い勝手が快適性を大きく左右する。

 ターギーの場合、一番簡単で確実なのはAフレームキャリーだ。これは左右のサイドスリットにスキーを差し込み、上部をバックルで止め、さらにスキートップをスキーバンドなどで連結する方法。安定感が大きく、バランスよく歩けるので、リッジラインや急斜面の登攀にも安心だ。またこのスタイルならヘルメットホルダーやアイスアックスなどを保持するギアホルダーも併用できる。

 ほかにはダイアゴナル・フロント・キャリーが可能。これはスキー板を重ね、斜めにたすき掛けして固定する方法。着脱が素早くできるのでちょっとした移動に便利である。ターギーは正面パネルに1000デニールのエッジガードを備えているから、ダイアゴナルの場合も安心して取り付けられる。
 いっぽうスノーボードを取り付ける場合は、ダイアゴナル用ストラップを引き出して固定する。正直いうと使い勝手は「及第点」レベルだが、カム式バックルやストラップの取り回しに慣れてしまえばまあまあ普通に使える。それに比べるとスプリットボードの取り付けは上々だ。分割してAフレームで取り付けられるし、サイドスリットも太いスプリットを入れるのに充分なサイズがある。ターギーはどちらかというとスキー/スプリットボード用の製品といっていいかもしれない。

■使いやすい背面アクセス
 スノーパックとバックパックとの3つ目の違いは、内部へのアクセス方法だ。スノーパックは板を取り付けたまま荷物の出し入れができるように背中側が開くようになっているのだ。

 ターギーの場合はこの開口部がショルダーハーネスの内側にあるため、バックル類の操作をすることなくすぐにジッパーを開けられる。ジッパーのRは緩やかで余計なフラップもなく開閉はとてもスムーズ。雪の付着が少なく、クッション性も良好な背面パッドと合わせ、背中まわりのつくりはとてもいい。またフルオープンしたときにも荷物がこぼれ出ないガードやハイドレーションチューブの取り回し方法など、グレゴリーらしい気遣いがされていて使うたびに感心する。

 このようにスノーパックの三大特長をしっかり抑えたターギーだが、じつは僕が一番感心しているのが優れた背負い心地だ。それもアクティブな状況での背負い心地。滑降時の身体への追従のよさがとてもいいのだ。

 スノーボードの場合スキーに比べて上半身を大きく“ひねる”動作が大きい。またバックカントリーの場合、深く屈んだり、大きく伸びたりという3Dの動きを繰り返す。狭い林間を高いスピードで駆け抜けるツリーランなどでは曲芸的な動きもある。そんなときにもサスペンションが適度にしなりながらうまく身体についてきてくれるのだ。

 ターギーに搭載される『バートフレックス・サスペンション』はスノーパック専用に開発されたもので、逆U字型に配された外周フレームと、背面パネルに内蔵された樹脂のフレームシートとクロスステーが、縦の動きには踏ん張って荷重をしっかり受け止めつつも、トーション(ねじれ)方向にはしなやかに動くセッティングがされている。そのおかげでストレスを感じることなく大きく動けるのだ。さすがはグレゴリー、と感心する部分だった。
 ほかにも他社モデルより大きくて深いゴーグルポケットや、外れてなくしてしまうことのない内蔵ヘルメットホルダー、カラビナやスキークランポンが下げておけるウエストのギアラックなど、「よくわかっているなあ」と感じさせるディテールがたくさんある。アルパインスキーヤーやガイドからのフィードバックがあますところなく盛られているのだろう。

 シュッ、シュッ、シュッ……

 真っ白い雪を踏みしめながら、僕はどんどん上がっていく。目指すポイントはもうすぐそこだ。

(文=ホーボージュン)
 
グレゴリー/Targhee32
サイズ:S、M、L
容量:32L(全サイズ)
重量:1.47kg(Mサイズ)
カラー:アトランティスブルー(写真) ※本記事に登場するオレンジは今季日本での取り扱いはありません
定価:¥29,000+税

 
 
ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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