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ホーボージュン アジア放浪3カ国目 台湾後編「どしゃぶり山とやさしい隣人」

(2016.07.11)

登山のTOP

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All photo by Yuriko Nakao

私たちの住む「アジア」をあらためて眺めてみると、

まだ知られていないトレイルが方々にあった……!

世界中を歩きめぐってきたサスライの旅人ホーボージュンが

そんなアジアへバックパッキングの旅へ出た。
前編に続き、3カ国目・台湾の山の中で何を見たのだろうか!?

 

この旅は、まだ始まってもいない

「ほら、着いたよ」

 そういってトラックが止まったのは清泉橋から4kmほど入った山中の作業場だった。

「えっ……? ここで終わりなの?」

 期待していたよりずっと手前だったので内心がっかりしたが、まあ、しかたない。運転手さんにお礼を言って僕はトラックを降りた。
山中の作業場まで乗せていってくれたトラックの兄ちゃん。超イカツくて、ひとりだったら絶対に声をかけないタイプ。日本の演歌が大好きで大音量で音楽をかけまくっていた
 腕時計の高度計に目をやると標高は1,800m。これでも300mも上がって来ていた。ありがたい。あとは自分でがんばるぞ。僕は気を引き締めなおし急坂の続く林道を歩き始めた。ところが1時間も経たないうちに、そんな殊勝な気持ちは何処かへ溶けてなくなってしまったのである。

 おーもーてーえーよー。

 背中の荷物の重さにめげたのである。毎回毎回思うことだが、縦走登山の初日というのは“苦行”以外のなにものでもない。鉛のように重いパック。ちっとも動かない脚。ダラダラと吹き出す汗。早鐘のように打つ心臓……。苦痛に顔を歪めながらいつも僕は思うのだ。

 なんで俺はこんなことしてるんだろう?
 これの何が面白いんだ? と。

 肩に食い込むショルダーベルトを呪い、日頃の不摂生を呪い、昨夜の深酒を呪った。そしてあらん限りの罵詈雑言を頭の中でリフレインさせながら僕は林道をたぐり続けた。

 やがて空を雲が覆いパラパラと雨が降り出した。やれやれ。ため息を吐きながらレインウェアを着込む(この時の僕は知るよしもなかったが、下山するまでこのあと一度もレインウェアを脱ぐことはなかった)。進めば進むほど雨はその激しさを増し、視界はどんどん悪化した。目に映るのは鬱蒼とした森と草むらばかりで、心を躍らせるようなものは何もない。

 9km地点を過ぎると道はいよいよ狭くなり、路面はグシャグシャにぬかるんできた。場所によっては足首のあたりまで泥に埋まるような状況だ。清泉橋のお母さんは登山口まで車が入れると言っていたが、本当だろうか?

 標高2,600mにある登山口に辿り着いたときにはすっかり日が暮れていた。林道の突き当たりにはかろうじて車がすれ違えるほどのスペースがあり、5~6台の四輪駆動車が崖にへばりつくようにして停めてある。ボディには「○○登山隊」「××山岳会」などのステッカーが貼ってあった。やっぱりここまで入ってくるのか。すごい根性だ。

(あー、もう無理だ)

 集中力が途切れてしまったので、けっきょく今日はここでビバークすることにした。降りしきる雨の中でテントを建て、転がり込む。アルファ米とラーメンの簡素な食事を済ますと僕は改めて地形図を見た。1泊目は「耳無溪合流」という河原のビバーク指定地まで行くつもりだったが、登山口に辿り着くだけで終わってしまった。

 東京を出て3度目の夜を迎えようとしていたが、僕の旅はまだ始まってもいないのだ。近いと思っていた隣国が、この日の僕にはとても遠くに感じた。

咬人猫と登山道の天使

 翌朝は5時半に起きたが、グズグズしていたら出発が8時を過ぎてしまった。雨の中の出発は憂鬱だ。テンションが上がらぬまま登山道へと踏み込んだ。

 肩幅ほどの細いトレイルに緑の草が覆い被さっている。高さは1メートルほどだろうか。行く手を遮っていた葉っぱを何気なく手で払おうと思ったその瞬間、指先にビビビッと衝撃が走った。

「イタタタタッ!」

 掌がビリビリ痺れている。濡れた手でコンセントに触ったような電気的な衝撃だった。蜂にでも刺されたのかと思って目を凝らしてみるが、特に刺された跡も腫れる様子もない。痛みをこらえながら前に進もうとした瞬間、もう一度電撃ショックが指先に広がった。

「ギャアアアア!」

 今度はさっきの何倍も痛かった。そしてその瞬間に犯人がわかった。草だ。緑色をしたこのかわいらしい草に棘があるのだ。恐る恐る覗き込むと葉っぱも茎も針のような細い繊毛にびっしりと覆われていた。

「台湾ではコイツのことを咬人猫と呼ぶんだよ」とこのあと登山道ですれ違ったハイカーがこの草の名前を教えてくれた。ホラーな名前が表す通り不用意に手を出すと噛みつかれる。「見かけてもぜったいに触るな」と何度も釘をさされた。

 咬人猫(ヤオ・レン・マオ)はイラクサの仲間で、全身が細かな産毛のような棘で覆われている。この棘はたいへん脆く、手で触ると簡単に折れ皮膚に残る。そして棘の先端が皮膚の中でさらに砕けて中の毒液が染み出す……という世にも怖ろしい草なのだ。

 ここ北二段は「咬人猫の山」として有名で、それがこの山域に厳しいイメージを植え付けていた。咬人猫だけではない。山にはアザミと野バラがやたらに多い。なんだか山じゅうトゲトゲなのである。

 空には暗雲が立ち込め、足元はぬかるみ、そして両サイドには凶悪な咬人猫……。そんな異国の登山道で途方にくれていた僕の前に突如現れたのが李静宜(リー・ナツミ)ちゃんだった。和名みたいな響きだがれっきとした台湾人だ。

 それは狭い登山道でのことだった。正面から男女4人のパーティが下山してきた。僕は登山道の脇により、すれ違うとき何気に「コンニチハ」と日本語で挨拶をしたのである。

 すると最後尾にいた若い女性が「えっ?」という顔をして立ち止まった。

「もしかして、日本の方ですか……?」と日本語で声がかかった。

「は、はい!」びっくりしてそうこたえる。

「わあ!こんなところで日本の方に会えるなんて!」と弾ける笑顔で答えたのが彼女だった。

 ナツミちゃんは日本が大好きで独学で日本語を勉強している。日本にもよく旅行に行き、四国の石鎚山に上ったこともあるそうだ。この日は花柄がプリントされた白いレインウェアを着て、ピンク色のバックパックを背負っていた。フードからのぞく大きな瞳はキラキラと輝き、長いまつげは天空高く伸びている。

「か、かわいい……」

 それはぬかるみにさく白い花。トゲトゲの山中で柔らかく香る百合みたいに思えた。
登山道で出会った台北のハイカーたち。左からリーダーの彭俊達さん、陳暁龍さん、鍾素媚さん、そして李静宜(リー・ナツミ)ちゃん
 彼女たちは台北市内で働く社会人ハイカーグループだった。みんなベテランで台湾各地を縦走している。今回は北二段の南側にある閂山という山を目指したが大雨に阻まれ、2日間停滞したあげく撤退して下山してきたという。
 
 僕は地図を開いてこの先の登山道の状況や水場の情報をいろいろと教えてもらった。ついでに730林道のアプローチについても相談すると、チームリーダーの彭さんが「この山の麓に登山者の送迎を専門にしている王先生という人がいて、その人の携帯に電話すれば四輪駆動車で登山口まで迎えに来てくれるよ」と教えてくれた。これは僕には願ってもない情報だった。
追加:「レインウェアのフードでナツミちゃんの顔がよく見えないぞ!」というお叱りが多々寄せられておりますので、雨が降り始める前の写真も貼っておきます。かわええ~
 しかし王先生は英語がまったく話せないらしい。困っているとナツミちゃんが僕にこういったのである。

「地図に15Kと書いてある場所まで降りると携帯の電波が繋がるようになります。ジュンさんが15Kまで下山したら私にメールか電話を下さい。私から王先生に電話をかけてどこか適当な場所でピックアップしてくれるようにお願いしますから」

(ああ、なんてやさしい人なんだ……)

 僕はバックパックからピーターさんに借りたスマホを取りだし、ナツミちゃんと電話番号とメアドの交換をした。なんだかどぎまぎしてしまった。人の電話番号なのに。

「本当に気をつけてくださいね」

 別れ際、長いまつ毛に雨粒を貯めながら彼女はそう言った。

「大丈夫。君のためにも必ず無事で戻るからね」

 僕は(心の中で)そういって彼らと別れた。登山の最中にこんなにも後ろ髪をひかれる思いをしたのは、この時が初めてだ。

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ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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