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都会の中の野生のドラマ……小スズメのピイちゃんが巣立っていきました

2013.05.15 Wed

滝沢守生(タキザー) よろず編集制作請負

 春から初夏にかけて、鳥たちにとって、この季節は巣立ちの季節です。都会でもスズメやツバメなど、親鳥がせっせとヒナのために、エサを巣に運んでいく光景が見られます。鳥にもよりますが、ヒナは卵からかえって約2週間から1ヶ月ほどで、羽ばたけるようになり、巣を飛び立つことができるようになります。しかし、無事に巣立ちを迎えることができるようになるまでには、さまざまなドラマがあるようです。 

 それは昨日のことでした。

 『A kimama』編集部のあるオフィスの向かいにある、おいしいイタリア料理のお店の美しいお姉さんが、とても困ったような顔をして、足元を指差します。どうしたのかと聞けば、まだ羽も満足に動かすことのできないスズメのヒナがピイピイ鳴いてヨチヨチ歩いています。どうやら、巣から落ちてしまったようです。いっしょに、あたりの電信柱や街路樹を見上げてみても、それらしい巣はありません。このままでは、車にひかれるか、猫に食べられてしまうか……。決断に躊躇はありませんでした。小スズメと出会ったのも何かの縁、まさに小スズメだけに、むげにするわけにもいきません。なので、保護し、巣立ちまで面倒をみることにしました。

 インターネットで検索すると、このようなことはよくあることらしく、小スズメを拾ってしまった人へのホームページもあり、巣立ちまでの飼い方も詳しく出ていました。しかし、都会とはいえ、巣から落ちてしまったヒナを保護することへの否定的な意見、野生に対して、人間の甘っちょろいセンチメンタリズムなど無用という厳しい意見もあり、「絶対に拾うべからず」と書くウェブサイトもありました。法律でも野鳥を飼うということ自体が禁止されています。

 まず、巣らしきものを作って、体温が低下しないよう、ティッシュペーパーを切り刻みその中に敷きます。ケガはしていないようだったので、まずは水とエサをあげることにしました。最初は、ピイピイ、ピイピイ、と母が恋しいのか、おなかがすいているのか、コワかったのか、あらん限りの力で鳴いていましたが、だいぶ落ち着いてくると、新居にも慣れ、ガサゴソ潜り込んだりしていました。すると、窓辺に置いた巣から聞こえた子どもの鳴き声を聞きつけ、母スズメがやってきて、子どもの無事を確認しています。何度か近くにやってきて、安全なことがわかると、母スズメが、小スズメにエサを運んでくるようになりました。やれやれ、これでひと安心と編集部の誰もが思いました。

 その時です。遠くから「カァーッ」という鳴き声が聞こえてきました。するとさっきまで無邪気にぴょんぴょん遊んでいた小スズメが身を小さくし、巣の陰でカチンコチンに固まっています。電線からカラスが様子をうかがっていたのです。外では、母スズメが、カラスを追い払おうと懸命の抵抗をしています。編集部の机の窓辺では、まさに生殺与奪の野生のドラマが展開されています。

 「がんばれ母スズメ」「大丈夫だぞ、ピイちゃん」

と、しばらくその様子を見守っていましたが、母親のがんばりで、なんとか一難が去り、また母親がエサを運ぶようになりました。

 その刹那でした。

 バサッと大きな黒い陰が、窓辺に現れ、ステルス攻撃機のように、音もなく一瞬で、ピイちゃんがさらわれていきました。パソコンに目を落とした、ほんの一瞬の出来事でした。いったん姿を隠したカラスは油断をさせておいて、母親がいなくなったスキを狙っていたのです。ピイッーという、せつない声が最後でした。母親はエサをあげようと戻ってみるとピイちゃんはいません。何度も何度も、繰り返しやってきては窓辺の新居を確認するのですが、ピイちゃんの姿はありません。また、その姿に得も言われぬ悲しさがこみ上げてきます。

 初夏の午後、『A kimama』の編集部の窓辺には、夕日を浴びたピイちゃんの巣だけが残りました。向かいのレストランのお姉さんには、この真実は伝えないようにしたいと思っています。ピイちゃんは元気に巣立っていったのです。

滝沢守生(タキザー) よろず編集制作請負

本サイト『Akimama』の配信をはじめ、野外イベントの運営制作を行なう「キャンプよろず相談所」を主宰する株式会社ヨンロクニ代表。学生時代より長年にわたり、国内外で登山活動を展開し、その後、専門出版社である山と溪谷社に入社。『山と溪谷』『Outdoor』『Rock & Snow』などの雑誌や書籍編集に携わった後、独立し、現在に至る。日本山岳会会員。コンサベーション・アライアンス・ジャパン事務局長。

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