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11:30 May 29, 1953 BEYOND THE EDGE

(2014.03.07)

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beyond

標高8848mの山頂を間近にしたエベレストの南東稜ルート。ほぼ中央左側にある縦方向の岩場がヒラリーステップ。ヒラリーは岩壁と雪壁に間にわずかにあいた空間を利用して、この岩場を攻略した。山頂はまだ遠く、その先にもナイフリッジが続く。画像は『BEYOND THE EDGE-official movie trailer』より

 エドモンド・ヒラリーにテンジン・ノルゲイ。

 この二人の名は、山好きでなくとも耳にしたことがあるはずだ。1953年の5月29日朝11時半、モンスーンの季節を目前にした世界最高峰の頂にヒラリーとテンジンはその足跡を遺した。隊を率いたのはジョン・ハント大佐。大英帝国が現地に送り込む、なんと9回目の遠征隊だった。

 この前人未到の記録は世界を駆け巡り、未だ戦後を引きずっていた1953年当時のイギリスに多大なる歓喜を与えた。ヒラリーとテンジンは一躍、時の人となる。当時の人々の興奮はいかなるものだったか……偶然にも初登頂の一報が届いた時、ロンドンはエリザベス女王二世の戴冠式の日にあたっていたようで、それこそ国を挙げて喜色に包まれたという。

 戴冠式はさておき、事ここに至るまでの長い道のりは、人類にとっての大いなる挑戦の繰り返しでもあった。8848mの頂は、ヒラリーたちの偉業達成までにじつに13人もの命を呑み込んできた。イギリス、アメリカ、スイス、日本……当時は数多くの国々が、国の威信を掛けて、エベレストに限らず、ヒマラヤのジャイアンツに挑んでいた時代だ。このタイミングを外せば、やがてどこかの国の隊が、必ずや世界の最高峰を征服してしまうだろう。そんな時代の背景も、この物語が劇的なものへと変わって行く一因となっていた。

『BEYOND THE EDGE』。じつはこれ、映画のタイトルである。その内容は、まさにヒラリーとテンジンが挑戦した世界最高峰へのアタックを描いたものだ。当時の写真や実画像を取り混ぜつつも、現代の俳優たちがそれぞれの役を演じている。

 ベースキャンプからアイスフォール、ウエスタン・クウムにローツェ・フェイス、そしてサウスコルから南峰、山頂へといたる彼らの初登頂の記録が、しっかと表現されている。それもかなり克明に描いている。これを見れば、エベレストの初登頂がどのようにしてなされたかが、史実としてもよくわかる。

 ただ、単なる記録映画ではなく、前出にあるようなその時代の空気感をていねいに描きつつ、ジョン・ハント隊が挑んだ最高峰到達までの人々の心の機微を上手に汲み取っている。

 希薄な空気のなかで、いまの時代では考えられないような重い酸素ボンベを背負いながら、ふたりは一歩一歩、上をめざして行く。テンジンの酸素ボンベの管が凍り付き、意識が希薄になる場面や、いまで言うヒラリーステップを前にしたときの、ヒラリーの絶望的なまなざしなどもある。

 彼らはこれ以上進むのは危険だと頭では認識していても、前へ前へと登って行く。ここはエベレストだ、限界を超えても行け! と自分自身の心に言い聞かせながら。

 この映画は2013年にニュージーランドで制作され、公開されている。そう、ヒラリーの故郷、ニュージーランドでつくられた映画である。それゆえに、出演している俳優もニュージーランドに在住している二人を選んでいる。この二人の雰囲気がまた、本物のヒラリーとテンジンによく似ていることといったら。少し関心。
 
 映像の美しさと、余計な演出のないドキュメンタリータッチの展開、そして3Dを駆使した臨場感。これは、ぜひとも映画館で見たい一本である。

 この夏、角川シネマ有楽町ほか、全国で公開される。
                         

■『BEYOND THE EDGE』
監督・脚本:リアン・プーリー 
製作:マシュー・メトカルフ 
編集:ティム・ウッドハウス 
撮影:リチャード・ブラック
キャスト:チャド・モフィット、ソナム・シェルパ、ジョン・ライト、ジョジュア・ラター、ダン・マスグローブ
配給:KADOKAWA
2013年/ニュージーランド/英語/日本語字幕/93分/カラー/アメリカン・ビスタ/5.1ch

       

BEYOND THE EDGE-official movie trailer

 
 
ライター
tetsu

山岳•アウトドア関連の出版社勤務を経て、フリーランスの編集者に。著書に『テントで山に登ってみよう』『ヤマケイ入門&ガイド テント山行』(ともに山と溪谷社)がある。

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