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【ユーさんの72年③】中川祐二、72年目のアウトドアノート~アウトドアに目覚める ── 其の弐  あるいは福永良夫氏のこと

2020.05.21 Thu

中川祐二

中川祐二 物書き・フォトグラファー

 福永良夫(*1)といってもきっと誰もご存知ないだろう。僕のいちばん若い叔父である。良夫と書いてナガオと読む。香淳皇后、昭和天皇の皇后良子(ナガコ)さまと誕生日が一緒だったのでこの名前がついた。その叔父はすでに80歳を優に超えてはいるが冬はスキーに、雪が消えると渓流でテンカラ釣りへと遊び歩いている。仲間は叔父のことを「福ちゃん」と呼んだが、僕は子どものころからこの叔父を「ガオちゃん」と呼んでいた。
(*1)福永良夫=釣り、スキー、登山をマルチにこなす僕の叔父。父親もそうであるが、いま思えば、家の血筋がアウトドア系だったようだ。ガオちゃんは御年80を超え、いまだ現役。叔父"ガオちゃん"のホームグラウンドは中部地方の某河川。僕のフライフィッシングを見て、「俺もフライまたやろうかな」なんて言っていたが、それはリップサービス。彼の釣り友だちはみなフライなのだが、いっこうにテンカラから離れようとはしない。やはりテンカラ釣りの勝負の早さが魅力なのだろう。夕方から川へ出かけ、真っ暗になる8時頃にならないと宿へ帰ってこない。それから風呂に入り、夕食は9時頃からがあたり前だ。
 僕が小学生のころ、よくスキーに連れて行ってもらった。当時、まだ誰もやっていなかったスキーバスを叔父が企画し、それに乗って行ったこともあった。そのとき僕は補助席、いま考えるとスタッフ扱いのただ乗りだったように思う。

 中学に入って僕も自分のスキーを買った。叔父が仕事のかたわらスキーショップを手伝っていた。その店で「MARSHWEST」というメーカーの板を選んだ。ネジ止め式の平エッジが付いていた。外国製だと思って買ったのだが、マーシュ=沢、ウエスト=西。な~んだ当時長野にあった西沢スキーのモノだった。

 これにケーブル式カンダハータイプでトゥピースを解放システムに(*2)した、「ホープ6」というバインディングを付けた。ストックはトンキン、竹製のものだった。靴は粗大ゴミで捨てられていた皮革製のセミダブルの紐靴を拾ってきて使っていた。ちょっと大きかったが、工夫と我慢で乗り越えた。
(*2)ケーブル式カンダハータイプでトゥピースを解放システムに=カンダハーとはスキーのバインディングの形式のひとつ。トゥーピースのトゥはつま先のことで、このパーツが転倒時など無理な力が加わったときに解放ができるようなシステムとした。

 これを持って上越岩原、草津、菅平とほうぼうで滑った。でも、僕がどこにそんなお金を持っていたのかがわからない。スキーはいまもむかしも金のかかるスポーツ、きっと叔父が全部出してくれたのだろう。

 春、雪がなくなるとスキーに行けなくなり寂しい思いがした。よし、山へ行こう。ならば叔父に相談して……。叔父は登山にもたけていた。

 手始めに家族と叔父や叔母たちとキャンプへ行くことになった。場所は奥多摩の河原と決まった。コットンの三角テント、進駐軍の払い下げを手に入れたものだが、ポールがなかった。そこで叔父が友人の木工所に作らせたいかにも手作り感のあるポールが付いていた。

 いまとなってはどのようにして行ったのか、どうやって泊まったのかまったく覚えていない。頭の中の映像として残っているのは、みそ汁を作ったときのこと。湯を沸かしたコッヘルに「即席みそ汁」を入れた。それはビニールに入ったチューブ状のもの。味噌の中にはワカメなどの具が入っていた。湯に入れるとそれがまるでう◯このようだった。脇でそれを見ていた叔母が笑い転げた。叔母も家族ももう二度とキャンプには行かないと言った。
汗臭そうな少年が座っている。高校生のユーさんだ。ニッピン(廉価版の登山用品で人気だったが、この3月に惜しまれつつも閉店に。いまはもうない。)で買った登山シャツ、ズボンは多分サージ(綾織りの服地)の学生ズボン。靴はナイロンアッパーのキヤラバンシューズ、靴底にはトリコニー(滑り止めの金具)が付いている。このあとやはり、ニッピンの皮革製の登山靴6,000円を買った。写真の場所はどこだろう、高山帯の雰囲気から、白馬岳か黒斑山か。
 僕は叔父のキヤラバンシューズと細野のキスリングザック(*3)、ガスストーブを借り山へ行き始めた。叔父に教わり丹沢、水無川へ行った。谷のどん詰まりに仲小屋という小屋があった。初めて行ったときはもう薄暗くなったころだった。ガタピシする戸を開けると中は石油ランプがともり、囲炉裏の薪が赤々と燃えていた。深いしわ、長い髪の毛、細っこいじいさんが正面に座っていた。炎に照らされたその顔は不気味にさえ見えた。
(*3)キヤラバンシューズと細野のキスリングザック=当時、登山靴といえばキヤラバンが定番。靴底には鉄製のトリコニーが取り付けられていた。キスリングは横型の帆布式。細野が定番だった。

「こんばんわ、あの〜、福永さんの甥の中川というものですが」
「えっ、福ちゃんのかよ。ヘ〜、上がんなよ」

 ジェロニモにも似たこのオヤジは北村政次郎、この小屋のあるじだ。みなはオジイと呼んでいた。囲炉裏の自在鉤に掛かっていた鍋のみそ汁、キャラブキの佃煮で飯をご馳走になった。

 囲炉裏のまわりには小屋の常連が陣取り酒を飲んでいた。みな丹沢ばかりではなく山のベテランで、海外へ遠征した人もいた。楽しそうな話し、自慢話、ちょっとここには書けないような話しが遅くまで続いた。僕は隅で黙って聞いていた。

 翌日から僕はオジイの小屋の居候を決め込んだ。秦野の町まで買い物に行ったり、布団を干したり、登山客にお茶を出したり、暇を見つけ本谷の岩場に出かけてクライミングをした。

 オジイは酒を飲まなかった。飲めないのではなくやめたんだと言っていた。タバコはいつもピー缶を吸っていた。この小屋へ来る人は山に登る人はもちろんだが、半分は酒を飲みに来るか麻雀が目的の人だった。僕は大学生だったが麻雀はできなかった。

 夜遅くに客が着き、人数が足りないと僕が起こされ、無理矢理できない麻雀をやらされた。何も知らないから取ったパイをそのまま捨てていたら叱られた。手の中をきれいにそろえればいいんだと教わり、ときどき満貫(*4)で上がったこともあった。しかし気がないので上手にはならなかった。
(*4)満貫=麻雀の得点計算上の点数域のこと。一般的に、親の場合は12,000点、子の場合は8,000点。

 ある日オジイはでかけると言いいなくなってしまった。金庫にあった金はみんな持っていったようだった。2、3日して大きな荷物を持って帰ってきた。知り合いの車で京都に行ってきたらしい。大きな荷物は焼き物市で買った焼き物だという。茶碗やどんぶりがたくさん出てきた。すべて一個5円だという。好きなものをやると言われお茶の茶碗をひとつもらい自分専用とした。たくさんあったので棚を作り収納した。真ん中は違い棚にし茶碗を並べた。違い棚を作るなんて若いものにしては偉いとほめられた。

 オジイはときどき懐かしそうに福ちゃんの話をした。

 叔父は釣りにもたけていた。ある日叔父の家に遊びに行くと、

「おい、こんなもの知ってるか?」

 といって、何やらキラキラ光る小さな靴べらのようなものを見せた。それは金属製のルアーだった。むかし叔父の父親、つまり僕の祖父の部屋に置いてあった雑誌の表紙に出ていたルアーと同じものだった。

 祖父は明治生まれだが、若いころにアメリカ・オレゴン大学に留学経験があり、英語の教師をしていた。部屋には英語の本がたくさんあった。机の上には使いこんだパイプと『アウトドア・ライフ』(*5)という雑誌がよく置いてあった。その表紙には、いかにも獰猛そうな魚が小魚のようなルアーをくわえた写真が写っていた。使っている竿はライフルのように手元が曲がり、付いているリールも知っているものとはずいぶんと形が違っていた。 
(*5)『アウトドア・ライフ』=『Outdoor Life』。釣りやハンティング、アウトドアをテーマとして刊行されているアメリカの老舗雑誌。なんと創刊は1898年のこと。
1959年7月に刊行された『Outdoor Life』の表紙。いまでは釣り雑誌でもよく見慣れた構図ではあるが、 当時はめずらしかった。実際に僕が見たものとはちょっと違うが、こんな感じの表紙だった。
 よく見るとそれは写真ではなく精密なイラストだった。ブラックバスがプラグ(*6)をくわえた瞬間だったと思う。ベイトキャスティングロッドにABUのベイトリール(*7)でも付いていたのだろう。半分は水の中、半分は地上という、いまみればよくあるパターンの絵柄だ。いずれにしても日本では見られない格好のいい絵だった。 
(*6)プラグ=ルアーの一種。小魚のかたちに似せたものに釣り針をつけたもの。(*7)ベイトリール=ベイトキャスティングリールとも。ブラックバスなどのルアー釣りによく使われるリールで、両軸受けで巻き上げ力が強い。ただし、バックラッシュ(投げ込み時に糸がリール内で出過ぎてしまう現象)が起こりやすく、扱いに慣れていないと操作がむずかしい。

 ここで祖父の話をひとつ。祖父のうちは8人の子だくさん、決して裕福な家庭ではなかったように思う。それでも祖父は釣りが好きだった。いくら釣りに行きたくても、堂々と釣り竿を持って出かけるわけにはいかなかった。そこで出かける方法を考えた。家の周りは生け垣で囲われていた。その生け垣にそっと釣り竿を垣根の竹のように差し込んだ。何食わぬ顔をして玄関から出て、差し込んでおいた釣り竿を外から抜いて出かけたという。この話は叔父に聞いた。この方法を叔父が知っているということは、祖父はきっと失敗したに違いない。
(左)福永良夫、叔父、"ガオちゃん"。そうそう、山やスキー、釣りもだが、ジャズにもうるさかった。MJQ、マイルス・デビス etc. ずいぶんレコードを借りた。(右)福永秀夫、祖父。明治6年生まれ。洋行帰りのシャレ者で、出かけるとなると祖母よりその支度に時間がかかったという。街を歩いていて進駐軍の兵隊を見つけると、つかつかと歩いていき英語で何やら話していた。僕はあの鼻の高い青い目が怖かった。
 キラキラ光るそのルアーで釣りに行こうと叔父は僕を釣りに誘った。むかし手に入れたが使っていなかったロッド、スピニングリール(*8)を持って多摩川の常設釣り場へ行った。半信半疑でルアーをキャストすると数投目にニジマスがかかった。こんなおもちゃみたいなものに魚がかかるんだとちょっと感動もしたが、あまりにも簡単に釣れてしまい拍子抜けした。
(*8)スピニングリール=磯釣りやルアー釣り、船釣りなどに使われる一般的なリール。バックラッシュ(*7を参照)が起こりにくく、比較的に扱いやすい。

 一緒に来た叔父はと見ると、僕とは違うロッドを持っていた。長いラインを空中でひゅんひゅんと振り、魚をかけていた。な〜んだ、僕にルアーを勧めておいて自分はすでにフライに転向していたのだ。僕も叔父の背中を追うようにフライに転向した。

 その当時、フライフィッシングはまだあまり知られていない釣りで、ショップもほとんどなかった。僕はようやくダイワのフライロッドと、オリンピックのフライリールを手に入れた。フライは自分で作るしかなかった。ハックル(*9)を巻くための羽根は売っていても学生だった僕には高価で手が出なかった。そこで目をつけたのが仏壇にあった毛ばたきだ。こっそり抜いて使ったのだが、何回かしているうちについにばれ、おばあちゃんにこっぴどくしかられた。
(*9)ハックル=フライフィッシング用語。疑似餌であるフライ(毛鉤)を巻くときに使う素材のこと。鳥の羽根を使う。

 フライを作るということはたいへんだった。教科書がある訳ではなく、マテリアルもなかなか手に入らなかった。そんなとき、あるデパートの釣り具売り場にフライやルアーをたくさん置いてある店を見つけた。何度か見に行っているうちに売り場の脇でフライを巻いている人を見つけた。その手さばきのいいこと、そしてできたフライの美しいこと、僕は見とれてしまった。何を質問したのかよく覚えていないが、ピント外れなことをずいぶん聞いた記憶がある。質問の仕方がわからないほど僕はずぶの素人だった。

 いま考えるとそこでデモンストレーションしていたのは、たぶん沢田賢一郎氏(*10)ではなかったか。フライフィッシングの先駆者で、世界的にも有名になったフライタイヤーだ。その後、キャンプイベントなどで沢田氏を講師に迎えたとき、そのときのことを聞いてみた。もちろん彼は覚えてはいなかったが、その店でデモをしていたことは確かなようだった。ハサミの持ち方、用意したハックルを小指と手の腹で持ち、糸を毛の間に滑り込ませるように巻き、糸を鉤の根元で縛る。きっといまでも僕は同じ方法で毛鉤を巻いていると思う。
(*10)沢田賢一郎=フライフィッシング界の第一人者、日本のフライ業界の立役者のひとりともいわれる人物。とくにウェットフライ、サーモンフライには定評がある。

 しばらくたってハゼ釣りへ行ったとき、叔父がカーキ色のロッド袋を持って現れた。

「このロッド、お前にやるよ」

 それは英国ハーディー社(*11)のバンブーロッド、"ハーディー・パラコナ"だった。
(*11)英国ハーディー社=イギリスを代表する名門フライフィッシング・ブランド。

「俺よりお前の方が使うチャンスが多いだろ、きっと」

 と言い、その後、叔父は徐々にテンカラ釣りへと転向した。
東洋の素材トンキン(竹)を使ったフライフィッシングロッド。ハーディ・パラコナ。3本つなぎだが先端部のスペアが1本付いている。三角形に削った竹を6本張り合わせた構造。カーボンなどの科学素材から比べるとやや重く、アクションもスローだが、持っているだけで気分がよくなるロッドだ。使ったあと手入れをするのもまた楽しい。
 後から聞いたのだが、このロッドは米軍基地に勤めていた人から買ったもので、かなり長い旅をして叔父の手元にきたものだった。カーボンロッドなどと比べると重く、気を使うロッドだが、あまりブッシュのない川で、雨が降りそうでないときは好んで使った。その後、僕は何度か英国へ釣りに行く機会があり、このロッドを里帰りさせてやった。

 叔父は80歳を過ぎてもシーズンになると毎月のように渓流へ出かけている。僕は小さいころからスキーに、登山に、釣りにと叔父の背中を追いかけてきた。そしてテンカラ釣り師の叔父と70歳を過ぎたフライフィッシャーマンの甥は、いまだに一緒に渓流に出かけている。

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