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【書籍紹介】ひとの笑顔はどんなときもパワーになる。『魚沼へ』に綴られたリアルの意味。

2021.10.11 Mon

宮川 哲 編集者

 いま一瞬の落ち着きを見せ始めたようにも思えるが、はたしてこの先は……。今回はロックダウンなんてことにはならなかったけれど、世の中にはどんな厄災が降りかかってくるか知れたものではない。ロックダウン(lockdown)とロック(rock)を掛けて、始まったこの企画のタイトルは「綴りはちがえどロックなアウトドア本紹介」……きっかけはなんであれ、始めたものは続けるべし、である。

 今回のロックなアウトドア本は、本ではない。雑誌である。しかも、ふつうの雑誌でもない。これは、とある地方の一企業が地元密着のスタイルで18年も続けてきた季刊誌である。
 
『魚沼へ』と題されたB5版の小冊子。最新号の通巻ナンバーは「72」となっている。これが2021年の秋号だ。表紙は、お盆を手に満面の笑みを浮かべる地元ラーメン店のおばちゃん。バッチリとカメラ目線で笑っている。なんともベタで昭和の香りのする写真ではあるが、これがまた不思議と見る人の目を惹きつける。

 この号の特集は「月待の魚沼」。副題には「秋をめぐつひそかなたのしみ」とある。ページを捲ってみれば、宵闇に浮かぶ満月といくつもの山並み。秋の月をテーマに、魚沼エリアの夜の情景を惜しみなく見せつけている。雑誌の編集を長年してきた身なので、なんとなく感じるのだが、これだけの画柄を抑えるには大変な時間と労力が必要となる。カメラマンは幾夜を魚沼で過ごしたのだろうか。

 特集では魚沼の名月を紹介し、そこに集う人々の言葉を追っていく。また、その地に伝わってきた月待ちの伝統を、さまざまな場所に建てられた石碑をたどりながら綴っている。月待ち講にもいろいろとあるようで、十三、十五、十六、十七、十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十六と、月夜待ちをしたとある。月夜待ちとは文字通りに月を待つ行事。かつては集落単位で盛んに行われていたようだが、それにしてもこんなにも、とも思う。

 月待ちとは、具体的には何をしたのだろう? 「二十三夜待ち」に触れた部分があったので、少し、本編から抜粋してみる。

「月待ちは女性が中心で、23日の晩に料理を持ち寄り、経を上げ、月が出るまで飲食、世間話で過ごした。月が出たら本尊の勢至菩薩の真言(呪術的な言葉・オンサンザンザンサクソワカ)を唱えて解散するという」(中略)「ただ、他の例では『月が出ようと朝まで宴会……。小唄、浄瑠璃を楽しみ、博奕などの娯楽にも興じた』という記事もあり……」

 これは月待ちに乗じて村のみんなで「ハレ」を楽しんできた、ということである。しかも、十三、十五、十六、十七……と、折あれば朝まで宴会!? ロックである。とても心強い。かつての人々も時代時代にさまざまな苦難を乗り越えて、月に頼み、神に頼みをして、いまへとときを繋いできたのだろう。そう思うば、なんだか少しだけ心が軽くなる。

 さて、月待ちはこれくらいにして、本題の『魚沼へ』である。季刊誌なので春夏秋冬の年4回。最新号が72号ということは、さかのぼること18年。創刊は2003年になる。その長きにわたって綴られてきたのは、魚沼をテーマにした「民俗誌」である。魚沼の自然、人、歴史、伝統文化、食、未来。取材者たちは魚沼を隈なく歩き、通い詰め、地元の人たちと語り合い、たくさんの話を誌面に残してきた。いわば、フィールドワークを実践し、「材」を「取る」=「取材」を繰り返してこなければ、こんな本はできない。いまの時代においては、稀有なくらいにていねいな仕事をしている。

 さらに圧巻なのは、この本の表紙である。前出のラーメン屋のおばちゃんだけではく、全72巻のほぼすべての表紙が、魚沼に暮らす人々の顔、顔、顔。じいちゃん、ばあちゃんがとびきりの顔で笑っている。ひとの自然な笑顔がこんなにも力を持つものかと思えるくらい、ステキな写真ばかりである。
八海醸造が運営する「魚沼の里」にて、バックナンバーの購入ができる。自分の目で見て、自分の足で歩く。フィールドワークのお手本のようなこの冊子、ぜひ現物を手にとって読み込んで欲しいと思う。
 時代も時代である。SNS全盛のいま、コミュニケーションのやり方は変わってしまった。それを嘆いても致し方なしではあるが、人と人との繋がりは、やはりリアルであるべきではないのか、なんて思ってしまう。顔を見て会話をする。ただ、それだけでも、人と人の温度は伝わるもの。これは、とても意味のあることだと思う。

 この『魚沼へ』の副題にあるのは、以下の言葉。

「八海山のくにの人と自然からの報告」

 八海山。じつは、この本をつくっているのは、あの銘酒「八海山」の醸造元、八海醸造である。うまい酒は人がつくる。人は地元の自然と文化伝統によってつくられる……たぶん、そんな思いが詰まった『魚沼へ』なんだと思う。

 ただただ、残念でならないのは、この『魚沼へ』も、今年いっぱいでの休刊が決まってしまったこと。こんな貴重な本までも……。時代は流れる。前を向いて歩こう。

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