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【A&F ALL STORIES】走りながら水分をとる。ハイドレーションパックの草分け「ウルトラスパイア」

(2018.07.26)

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 アドベンチャーレースやトレイルランニングなどの野山を駆けるランニングシーンにおいて北米No.1シェアを誇る、パックブランド「ウルトラスパイア(UltrAspire)」。

「ウルトラスパイアについて語るには、まず創設者のブライス・サッチャーの紹介からはじめないといけません」

 A&Fの赤津孝夫会長はウルトラスパイアとの出会いをこう切り出した。
ウルトラスパイアの創業者ブライス・サッチャーとA&Fの赤津孝夫会長。
「ブライスは、いま現在もアドベンチャレーサー、トレイルランナーとしてトップレベルで活躍しているアスリートです。イエローストーン国立公園のグランドティトンの山頂(4197m)往復記録(3時間6分)を1983年から2012年まで29年間保持してきました。グランドティトンの頂上付近はもう走るどころではなく、ロッククライミングの域。そういう岩場を早く走るというか、登るんだからすごいですよね」

 昨今、人と順位を競うレースに飽き足らなくなった一部の有力のランナーたちは、山頂までの最速記録(Fastest Known Time=FKT)を競うことへと傾倒しつつある。いわば、ブライスはこの分野におけるパイオニア的存在なのだ。

 前述の記録を樹立してから2年後の1985年、ブライスはアルティメイトディレクション(Ultimate Direction)というパックブランドを立ち上げた。アスリートとして、遊び手として、自分が欲しいバックパックは市場にはない。ならば自分で作ってしまおうという一心からのスタートだった。

 ブライスはまず、走っているときにスムーズに水分を補給できるデザインをバックパックに求めた。最初に作ったパックはボトルケースを外付けしたウェストバッグのようなもの。これが瞬く間に売れ、ブランドは支持され、さらなる開発へと取り組む土台ができた。

「それからブライスは、チューブを通して水を補給するハイドレーションシステムを取り入れました。喉が乾いてから水を補給しても遅い。喉が乾く前に計画的に、かつこまめに水分を補給しないといけないというアスリートとしての教訓から生まれた革新的なシステムです。日本では運動中は水を飲んじゃいけないっていう時代もありましたね。いまはどんどん飲みなさいという。ブライスは先見の明があったんだと思います」

 その後、ブライスは会社として大きく成長したアルティメイトディレクションを売却し、パックデザイナーとしてパックブランドであるネイサンに加わった。走り続ける限り、パックづくりの現場にいたいという強い思いがあったのかもしれない。

 そして2011年、これまでのパック制作の知識や技術を集約した、ウルトラスパイアを創業することになったのだ。まさにランナーとして、パックデザイナーとしての集大成を飾るための再スタートだった。

 ちなみにウルトラスパイア(UltrAspire)とは、大志(aspiration)、ひらめき(inspiration)、努力(perspiration)、この3つの言葉をあわせた造語である。アスリートとして、パックデザイナーとして、これまでブライスを支えてきた信念が、この3つの柱だったというわけだ。
バックパックに限らず、ライトやフラスコまでも展開するウルトラスパイア。
「ウルトラスパイアを知った最初のキッカケは、米国の大手バックパックブランド・グレゴリーの創設者であるウェイン・グレゴリーからの紹介でした。ものづくりのプロである彼がすすめするブランドなら間違いないと確信し、輸入することにしました。その後、グランドティトンを望めるオフィスへ行ったことがありますが、フィールドが近くて、スタッフが熱心にそのフィールドを走り回っている光景がいちばん印象に残っています」

 ブライスの職人気質、アスリートとしての実績、商品の高い信頼度、それらがウルトラスパイアの総合的な魅力となり、アスリートたちがこぞって愛用するようになった。「大勢の人々を巻き込んで商品を作る」これがウルトラスパイアの強みとなっている。

「いまなお、ブライスは走っていますし、彼の友達には強い選手が大勢います。そして、ブライスは彼らを惜しみなくサポートしています。なぜなら、彼らからのフィードバックこそが、よりよい商品を産む近道だからです。そして、日本からフィードバックすることもありますよ。日本人は体が小さくて、気候は蒸し暑いし、四季がはっきりとしています。それゆえ、日本特有のリクエストがあるんです。それを伝えて、作ってもらう。海外からのアドバイスを聞く、柔軟性がウルトラスパイアにはあります。日本発信のヤマケンモデル“ザイゴス”はその代表例で、今年で3代目を迎えました」

 ヤマケンとは、日本のトレイルランニングシーンを牽引してきたトレイルランナー山本健一さんだ。当のヤマケンさんは、ウルトラスパイアとの出会いについてこう話している。
高校教諭にして、日本のトップクラスのトレイルランナーであるヤマケンこと山本健一。(写真=藤巻 翔)
「2012年、ピレネー山脈でのレースに向けたパックを探しているときに、知人に紹介してもらいました。そしてウルトラスパイアを背負った一発目のレースでいきなり優勝してしまったのです。背負い心地はもちろんのこと、水分補給もしやすくて、すごく使い勝手がよかった。それ以降、いままでずっと使用しています」

 この優勝が、ブライスとの出会いを引き寄せ、ヤマケンモデル誕生へと導いていった。

「優勝したあと、アメリカ本社から社長のブライス自らが、ぼくの地元の甲府にわざわざ来てくださって、ご飯を食べながら製品についていろいろ話をしました。翌朝は近くの里山で一緒にトレイルランをしながら、製品についてのランニングミーティングを2時間ほど。そこでヤマケンモデルの下地を作らせていただいたのです」

 まさか創設者であり、社長であるブライス自らが日本に来て、ヤマケンさんと顔を合わせてオリジナル製品開発の先頭に立っていたとは! しかもフィールドを会場にしたランニングミーティング。日本のトップランナーが6年間、ウルトラスパイアをずっと背負い続けてきた理由がわかるエピソードだ。

 そのヤマケンモデルは、100マイル(160㎞)を走ることを想定してデザインされたパックである。ロングディスタンス向けだが、容量は10ℓと小さめ。ギミックを極力最小限に抑え、軽さやシンプルな扱いやすさを突き詰めたモデルとなっている。

 ヤマケンさんの存在が一躍世間に知れ渡ったのは、日本のトレイルランニングレースの先駆けである総距離71㎞の「日本山岳耐久レース 長谷川恒男カップ」。この2008年大会で見事優勝を飾ったのだ。

 ちなみに、昨年の同大会で女子総合優勝を勝ちとった高村貴子さんも、ウルトラスパイアチームのひとりである。

 ブライスのアスリートとしてのものづくり精神は、大平洋を渡って、着実に日本のトレイルに根付いている。そして、ブライスの手によって、日本人女性のためのランパックが開発される日も近いかもしれない……。


 
 
ライター
森山 伸也

越後の山村に暮らすアウトドアライター。一年を通して縦走登山、渓流釣り、山スキーと山遊びがメインだが、夏は犬とともにSUPで日本の川を下る。著書に『北緯66.6° 北欧ラップランド歩き旅』(本の雑誌社) →InstagramTwitterFaceBook

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