• 料理

日本の山野に遊ぶ大人の食エッセイ『ハチスカ野生食材料理店』

2016.06.17 Fri

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

 
 

『ハチスカ野生食材料理店』を書いた蜂須賀公之さんのライフワークは、野生食材と向き合い、最適と思われる方法で調理すること。自宅の裏山から、遠く北欧の旅先まで、土地土地で出会った野生食材とセッションを楽しむように料理する。

 本業は都市公園を管理運営するレンジャー。東京の自然豊かな地域で活動している「東京都レンジャー」のシステムを立ち上げたメンバーのひとりでもある。

 蜂須賀さんは自然の知識と勘をたよりにして、クマのように野山へと分け入る。そして、野生動物と同じく、その土地でその時期にいちばんおいしい食材を手にいれる。

『ハチスカ野生食材料理店』は、食材とのそんな幸せな出会いを描いたエッセイ集だ。アウトドア雑誌『BE-PAL』で『風景の皿』というタイトルで7年間にわたって連載されたものから、36編を厳選して収録している。

 登場する食材はキノコ、魚介類、野草、山菜などなど。調理法も和、洋、中とジャンルにはこだわらず、食材に合わせて自由自在に腕をふるう。

 調理をしながら、蜂須賀さんの意識はその食材との過去の思い出へと飛躍する。食材と初めて出会った場所、一緒に採った友人、若い日の思い出……。

 思い返すことには苦いものもある。別れた家族のこと、今は無くなってしまったフィールド、疎遠になってしまった友人のこと。しかし、野生食材料理人は甘いものだけを求めない。渋み、エグみ、苦みも受け入れて、ぐるっとひとまとめにして皿に盛り付ける。

 かつて食物は風景と一体だった。野のもの、山のもの、海のものでも、その食材が生きた環境を人々は共有していた。日々の食物のうち、どこで誰が採ったのかわからないものは、ひとつもなかっただろう。

 ひるがえって現代。私たちの体を養う食材のほとんどが、来歴不明だ。そこには冷え冷えとした海の広がりや、緑に茂る山の空気は宿らない。食物はただ、エネルギーの供給源として体に入り、通り過ぎていく。

 本来、食べることは自然と関係を結ぶひとつの方法だ。それは強者が弱者を食うという、暴力的かつ一方的なものではなくて、双方向に行われるもっと穏やかなものだったろう。

 野生の食材を、その食材が育った場所で調理することで、蜂須賀さんは風景へ自分を同化させることを試みる。

 目の前の食材と思い出を行き来しながらつづられるエッセイは、どこまでもリズミカルだ。鋭いジャブを繰り出すボクサーのような文体で、読者を物語へと引き込んでいく。

 一編を読み通すころには、読み手は蜂須賀さんと小さな旅をして、目の前に盛り付けられた皿を置かれたような気持ちになる。しかし、もちろん現実に料理が出てくるわけはなく……。

 読者に残されるのは、素晴らしかっただろう、料理の余韻。しかもそれを繰り返すこと36回! 空腹時や真夜中ではなく、ご飯を食べた後に読むことをおすすめします。

ハチスカ野生食材料理店
蜂須賀公之
小学館 ¥1,400

春の料理
・ 猿のダイナマイトパスタ
・ 春の山海アラカルト
・ 幻の森  ──ショウロ八宝菜
・ 東京風景 ──野草タルタル
・ 分水嶺の山菜蕎麦
・ アミガサタケとりんごのフレンチトースト
・ 消える村 ──山菜尽くし
・ 別れの日 ──野草木桶寿司
・ 雪国の遅い春 ──香草納豆飯
・ イーハトーブの泥鰌揚げ

夏の料理
・ 不思議エビ 島蕎麦
・ 夏里山 ──木苺パスタ
・ 夏四菜 ──アンズタケのライスサラダ
・ 夏の富士 ──朝霧パスタ
・ エレガントな再会 ──桑の実ポーク
・ 夏里山 ──きのこ寿司
・ 日本海スペシャル ──海賊たちの杉板一枚盛り
・ 森のふたつの魔法 ──チチタケポテト
・ 鮎の黄金焼き
・ アンズタケのラムコレット

秋の料理
・ 四万十川カニ玉丼
・ シャカシメジのバターソテー
・ オオムラサキアンズタケのニンニクソース
・ 栗ときのこのトルティーヤ
・ アケビ丸ママ 餡かけ田楽
・ キュ曲のきのこ汁 ──カラマツ林編
・ 世界のちん金 ──森のスッポン炒め
・ 晩秋キノコ ──アカモミタケのカルパッチョ
・ ストックホルム晩秋 ──カンタレッラそぼろ

冬の料理
・ オオイチョウタケのクリームパスタ
・ 裏田んぼの野草サラダ
・ ブナ林のナメコ丼
・ 冬きのこ ──エノキタケバタ丼
・ 東京檜原 ──猪ビーンズ
・ 新選七草 ──神様の粥
・ 北海魚介粥

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