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ヒマラヤ山麓を結ぶロングトレイルGHTから見えてきた伝えるべきコト。写真家・飯坂大の道行き

(2017.04.12)

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旅と写真

 大学時代まで野球に打ちこんでいた飯坂さん。卒業を前に、広い世界を知りたいと旅への憧れを募らせる。そうして、なにかを伝える人間になりたいという思いも。

 「それまで野球しかしてこなかったので、地球上で人がどう暮らしているのか、自分がこれからどう生きていくのか……世界を知るツールとしてカメラを手にしたのだと思います」

 卒業を待ちきれず、最後のテストを終えた翌日に出国、バックパックにニコンと200本のフィルムを忍ばせ、8カ月の旅に出た。

 タイ、インド、バングラデシュ、チベット、ラオス、カンボジア――アジアの国々を渡りあるくなか、ネパールへ。そうしてヒマラヤの山々をめぐるトレッキングに足を伸ばす。初めての登山で心に残ったのは、岩と雪が織りなす絶景以上に、自然に寄り添う暮らしのあり方と人々の表情だった。
 「もっと山の奥へ入り、生活を見せてもらいたいと思ったけれど、言葉や山の技術の壁があり、踏みこめなかったんです」

 再訪を誓うとともに、もうひとつの思いが芽生える。それは、日本をなにも知らなかったということ。

 「それもあり、今度は国内を旅してみようと思ったんです」

 自転車にまたがり、南から北へ。八重山や飯豊など、心を動かされた土地では職を求め、腰を据えて撮影に取り組んだ。

 「その土地の生活を撮るならば、風土に触れるべきだと思ったんです」

 撮影を重ねるとともに、本格的に山登りを始める。さらに技術を高めるため、アウトドアメーカーに、そして写真スタジオに勤務し、腕を磨く。2012年、30歳のときにフリーランスの写真家として独立し、ふたたびヒマラヤへ。そうして2014年からはGHT Projectに写真家として携わってきた。

旅することで見えるもの

 ヒマラヤのすばらしさをたずねると、自然の神々しい存在と土地の力、とこたえ、少しの間、黙りこむ。

 ヒマラヤを歩きながら、似たような景色を、例えば八ヶ岳の森を思いだす。旅を繰り返すことで、東京から遙か遠く離れた異境としてではなく、毎日の生活にひとつながりがあるものとして、ヒマラヤを、山を、とらえられるようになる。東京もカトマンズも、山の裾野であるという感覚、水道をひねると山の水が流れているという感覚は、ある豊かさをもたらしたという。

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ライター
滝沢守生(タキザー)

本サイト『Akimama』の配信をはじめ、野外イベントの運営制作を行なう「キャンプよろず相談所」を主宰する株式会社ヨンロクニ代表。学生時代より長年にわたり、国内外で登山活動を展開し、その後、専門出版社である山と溪谷社に入社。『山と溪谷』『Outdoor』『Rock & Snow』などの雑誌編集に携わった後、独立し、現在に至る。

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