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川を旅するボートの決定版!? リバーガイドが体感した、 パックラフトのポテンシャル

2019.11.28 Thu

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー


 日本上陸後、しばらくは知る人ぞ知る存在だったパックラフト。しかし、近頃では川の急流下りでよく見かけるようになった。当初はその軽さや収納性が注目されたが、初心者でも乗りこなせること、しかもホワイトウォーター(急流用)カヤック並みに使えることに気づいた人が増えてきたのだろう。

 そのひとり、四国吉野川のリバーガイドである藤井勇介さんは、2018年から日本有数の激流でパックラフトツアーをしている。川の経験豊富な彼にパックラフトのポテンシャルを語ってもらった。
藤井勇介(37歳) 
吉野川の激流「大歩危小歩危峡」での「リバーガイド(ラフティング・カヤックツアーのガイド)」歴は15年。大手ラフティングツアー会社勤務を経て、2017年冬に川下りツアー会社「THE BLUE EARTH(ザ・ブルーアース)」を開業。かつては陸上の十種競技の選手であり、すぐれた体力と運動神経の持ち主。そして田舎暮らしの達人でもある。

川下り入門にベストなボート登場

藤井:パックラフトの特徴といえば軽さと安定性です。安定性については、一次安定性だけでなく、二次もすぐれています。

——一次は静的、つまり静水で浮かんでいるときの安定性で、二次は動的、つまりパックラフトが動く、または動かされているときの安定性ですよね。

藤井:二次安定性があるので、急流でもリジット(一体成型)のホワイトウォーターカヤックに近い動きができます。ただ、ホワイトウォーターカヤックの船体にはエッジがありますが、パックラフトにはない。

——エッジの有無による操作性のちがいはなんでしょう。

藤井:ラフトという名の通り、パックラフトの動きはラフトボートみたいな感じです。流れのなかでターンすると、横滑りしながら曲がっていくという感じです。カヤックになれている人にはそこが違和感かもしれません。

——とはいえ、流れのなかでも自由に動けることに変わりはないと。

藤井:それから、落水したときにリカバリーしやすいのも特徴ですね。とにかく軽い(3kg前後)ので、ひっくり返った船体を元に戻すのが楽です。リジットのカヤックがひっくり返って、漕いでいる人が沈脱(ちんだつ:コックピットから脱出)すると、カヤックのなかに水がたくさん入って半分沈んだ感じで流されていきます。パックラフトだと、ひっくり返っても完全に浮いてますから、川下り初心者にはけっこうなアドバンテージです。

急流を下れるボートとしてはダントツに軽いパックラフト。

——とくにホワイトウォーターカヤックの場合ですが、初めてチャレンジする人は真っすぐに漕いでいくことがむずかしい。静水でもくるくる回ったり、あらぬ方向に進んで岸に激突したり。パックラフトではどうですか。

藤井:パックラフトでもそれは同じですが、安定性が高いため漕ぐことに慣れやすいです。1回でも、たとえばシーカヤックを体験したことがある人だったら10分ぐらいで真っすぐに進めるようになるし、そうじゃなくても30分もかからない。

——「転覆しそうだ」とビクビクしないから、でしょうね。

藤井:そして、流水でのテクニックもすぐ覚えられます。私のツアーでは、フラットな水面を20分ぐらい流れながらフォワードストローク(前漕ぎ)など基本の漕ぎを練習してもらいます。慣れたころに最初の瀬を下るので、エディー(瀬の横にある淀み)に入ってもらい、瀬のフェリー(流れを横切ること)を体験してもらいます。これはパックラフトだからこそですね。

カヤック初心者にはむずかしい瀬のフェリーも、パックラフトなら挑戦しやすい。

——リジットのカヤックを使った場合では、入門者がエディーに入ったり瀬をフェリーすると、ほぼひっくり返って沈脱ですよね。

藤井:パックラフトではそうなりにくい。瀬を楽しみながら下っていくテクニックを習得しやすいです。ひっくり返る恐怖感が薄いですから。ベテランみたいに瀬で遊べますよ。

パックラフト、激流でも大丈夫?

——パックラフトに興味はあっても、耐久性が気になる人は多いと思います。なにしろ、ラフトボートやダッキー(インフレータブルカヤック)に比べて船体の生地がかなり薄い。

藤井:1年前に始めて以来、私のところでは60回ぐらいパックラフトツアーをして、100人以上に急流下りをしてもらっています。いまのところトラブルといえば、空気を入れるバルブからのエアー漏れぐらい。パックラフトがバースト(パンク)したことはまだありません。とがった岩や鉄筋などの障害物に気をつければ大丈夫です。軽いので岩にあたっても弾かれやすく、ラフトボートみたいに瀬のなかの岩にラップする(水流に押されてボートが岩に貼りつく)ことも少ないです。

藤井さんの会社「THE BLUE EARTH」の大歩危パックラフトツアー。

——とはいえ、船底をすりながら浅瀬を下っていくのはパックラフトでは避けたほうがよさそうです。

藤井:私がツアーしている吉野川は水深があり、瀬でもあまり船底をすらないからトラブルがないのかもしれません。浅いところではパックラフトからさっと降りてポーテージ(ボートを担いで歩くこと)すればオッケー。リジットのカヤックでのポーテージは重労働ですが、パックラフトは軽いのでとても楽です。

——パックラフトの扱いでほかにも気をつけることは?

藤井:ラフトボートやダッキーと同じで、熱膨張ですね。河原にポンと置いていると、日射でパックラフトのなかの空気が膨張して破裂することも。それから、とにかく軽いので風で流されたり、吹き飛ばされます。係留は確実に。

藤井さんのフィールドである吉野川中流域(高知県大豊町)。

乗りこなしやすさのワナ

——よくも悪くも「インスタ映え」や「ユーチューバ―」の時代です。この社会状況とパックラフトの関係について、藤井さんは懸念していることがあるそうですね?

藤井:パックラフトであれば、初心者でもかなりの急流を、たとえば大歩危小歩危があるこのあたりの吉野川でも下れてしまう。ストレーナー(※)など川の危険についての知識を身に着ける前でも、急流下りの約束事やトラブルの対処法を知らなくても、下れてしまうんです。
※ストレーナー:水は通り抜けるが、人やボートはくぐれない川の障害物

増水した大歩危でのパックラフトツアー。

——たしかに、リジットのホワイトウォーターカヤックだと、基本技術の練習や、川下りの経験を積んだ先に、「では大歩危小歩危に挑戦しよう」となります。じゃないと瀬があるごとに転覆して、沈脱して、コテンパンにやられて、危ない目に遭うだけです。

藤井:インターネットで検索すると、パックラフトでの危なっかしい激流下り映像を目にすることがあるんですよ。

——パックラフトのおかげで、〈じつは身の丈を越えている〉激流下りをする人も出てきそうですね。「いいね」をもらえる映像を撮るために。

藤井:私のパックラフトツアーでは、すばらしい川を楽しんでもらうのはもちろんですが、安全のための必要最低限のことも盛り込んでいます。〈川のなにが危険なのか〉〈その危険を回避するためのテクニックは〉などを伝えるようにしています。

ベテランリバーガイドのツアーであれば、急流でも安全に楽しめる。

川の世界への入り口に

——川下りについての知識と経験を積んでいけば、パックラフトはとても可能性があるボートですよね。

藤井:もともとは海外で冒険のためにつくられたボートですからね。川下りの入門者をやさしく受け入れ、上級者のハイレベルな激流下りにも応える性能があります。キャンプ道具を積み、河原でテント泊しながらの川旅も可能です。

——登山用のソロテント、寝袋、最小限の炊事道具など、つまりはテント泊で山を縦走するぐらいの荷物はパックラフトに乗せられますよね。

藤井:カヌーやカヤックなどに比べ、短時間で扱えるようになるのがパックラフトです。川下りを始めたい人にはいちばんの近道かもしれません。とくに、瀬が多い川を存分に楽しむのなら。

透明度の高い四国の清流では、抜群の浮遊感を楽しめる。

——ただ、パックラフトの購入はまだ一般的とは言いにくい状況です。販売代理店は何社かありますが、買いたくても在庫切れだったりします。まずは、藤井さんの「THE BLUE EARTH」のようにベテランリバーガイドが案内するパックラフトツアーに参加するのも、ひとつのアイディアです。

藤井:パックラフトでの川下りに興味があるかたは、ぜひ私にお声がけください。四国の山奥にある、すばらしい清流で待っています。

吉野川の渓谷(高知県大豊町)にある「THE BLUE EARTH」。

THE BLUE EARTH(ザ・ブルーアース) 
THE BLUE EARTHのインスタグラム

(文・写真=大村嘉正)

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー

四国の瀬戸内海暮らし。仕事は自然・旅系ライター&フォトグラファーで、生きかたはバックパッカーでリバーランナー。著書はラフティングガイドたちの1年を追った『彼らの激流』(築地書館)。

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