line_box_head

「南極経由、宇宙行き」。 極地建築家・村上祐資「いつか『火星の家』の先祖のようなものになりたい」

(2015.08.12)

登山のTOP

icon

画像

第50次日本南極地域観測隊の越冬隊員として2009年1月から2010年2月までを南極ですごす

画像02

越冬隊の仲間たちと、昭和基地の前で

画像03

昭和基地から雪上車に乗り、方位を確認しながら目じるしの旗をたてる。「雪上車から頻繁に乗り降りするので、身につけた時に服のような一体感のあるパックを選んで使っていました。ドリンクを入れるホルダーには無線機を入れていましたね」

画像04

「Mars Society」による疑似火星居住実験「Mars Arctic 365」の最終選考にて。選考はアメリカのユタ州で行なわれた

画像05

火星に建てられるであろう基地を模した「Mars Deseart Research Station」。最終選考はこの施設をベースにして与えられたさまざまな課題にチームで取り組む

村上祐資さんが南極やヒマラヤの高峰で
培った技術を携えて目指す先は「宇宙」。
世界でただひとりの「極地建築家」の
建築思想と道具への哲学とは?

 

将来を方向づけたアメリカのサマーキャンプ
「小学校の数年間をアメリカのニュージャージー州で過ごしたのですが、毎年夏になるとサマーキャンプに参加しました。このキャンプで、野山にある自然物で道具を作ることの楽しさを覚え、日本に帰ってきてからも竹やススキで弓矢を作って遊んでいましたね」

「そんなある日、教科書で見た打製石器を作ってみたんです。切れ味を試してみようと自分の指に刃を当てるとすると、ザックリ切れた。血がボタボタと流れましたが、それを見てニタニタしている自分がいた。ただの石が道具になったことが嬉しかったんです。数万年の時を飛び越えて当時の人とつながった気分にもなった。この時から、人間のものを生み出す力に興味が湧き始めました」

家———身近にある道具で最大のもの
「ものづくりへの興味が高じて、進学先に選んだのは建築学科でした。人間の身近にある道具でいちばん大きく、いろんな知恵が結集されたものが『家』だったからです」

「ところが、この頃もてはやされていたのは格好よかったり、キレイな建築物でした。建築雑誌に掲載される写真はどれも、美しく広い部屋に一脚だけ椅子がある、そういう世界観です。しかし僕はその世界に馴染めなかった。建築の世界で『良い』とされるものと、自分が『良い』と思うもののズレに悩み、次第に大学の外へ面白いものを探しにいくようになりましたね」

「バイオスフィア2」と出会い、極地へ
「そんなときに見つけたのが『バイオスフィア2』の記事でした。バイオスフィア2とは、アリゾナ州に作られた人工的な生態系の実験施設です。人類が宇宙空間に進出したときに必要になる技術を、閉鎖された空間のなかで実験・実証しようとした試みです。このプロジェクトの中心人物のインタビューを読んで、プロジェクトの視座や時間軸、目指す建築の方向に感銘を受けました。このときに決めたんです。『宇宙で建築をやろう』と」

「ところが宇宙で建築をやると決めても、そこまでの道筋がわからない。実際的な宇宙での建築方法も、その現場で働くための道筋も確立されていないんです。また、自分が宇宙に基地を作れることになったとして、作ったものをそこで暮らす宇宙飛行士に『安全で暮らし心地もいいよ』と自信をもって言えるのか? それだけの経験をいかにして積みあげるのか? それらを考え抜いた末、地上でいちばん過酷な極地で経験を積むことにしました」

「そして、極限の土地での生活を体験するべく、日本南極地域観測隊に志願。4年の準備期間を経て、第50次の越冬隊員として南極の閉鎖空間で1年を過ごすことができました。また、シシャンパンマなどの高峰の登山隊にも参加し、ベースキャンプの保守隊員として極地での生活技術について知識を深め続けています。僕にとって極地やピークは目指すべき場所ではなく、『極限の世界での生活』を体験するための場所なんです」

極地でこそ「余裕」が大切
「極地で使う道具には、ある程度のムダというか、余裕があるほうがいいと思っています。ムダや余裕は、使う人に手を加える余地を残してくれますから。南極で建てられる施設は、レゴのようにパーツを組み立てて建築するのですが、その作業に当たるのは越冬隊員です。アマチュアが構造物を建てると、個々のパーツの小さな歪みが積み重なり、最終的に組めなくなることがありますが、それを避けるために昭和基地の建物のパーツはあらかじめ余裕をもたせてあるんです。『最適化』されすぎていないことが生む余裕は重要です」

「バックパックも、極限まで軽量化されたものよりシンプルで耐久性が高いものが好みですね。遠征で愛用しているのはグレゴリーのターギーというモデルです。雪のあるフィールド向けに作られているので、保温性や耐久性があってグローブをつけてても内部にアクセスしやすく、スキーやスノーボードの替わりにカメラや観測機材も装着できるし使いやすいんです。僕の遠征では、僕以外の人に荷物を委ねたり、ときにはヤク(動物)の背中にくくりつけて運ぶこともあります。それどころか、僕のバックパックを違う人が使うこともある。内容物を守ってくれる丈夫さ、そして誰が使っても使い方を間違えない構造やデザインであることは大切です。また、私の場合は移動している時間よりも、移動した先で過ごす時間のほうが長い。個人スペースとしての使いやすさ、荷物の出し入れのしやすさは重要視しています」

目指すのは、火星
「現在、僕が目指しているのは火星です。昨年の暮れには、ユタ州の砂漠にある火星基地を模した施設で、2週間の試験に参加してきました。まだ最終選考の結果は出ていませんが、これに通れば今度は北極圏に作られた閉鎖環境での1年に及ぶ実験に参加することになります」

「その先には実際の火星行が控えているわけですが、もし僕が火星へ行けても僕が生きているうちに基地は完成しないでしょう。でも、僕が行ってから50年後に基地が完成すればいい。僕は火星を拓く『先祖』のような、0を1にするような役割をはたしたい。南極の観測隊になぞらえれば、1次隊ということになるでしょうか」

「火星への人類到達は『意思の力』によってなされると思います。また、『意思の力に基づく設計思想』で基地も作られるでしょう。でも、それではダメだと僕は考えています。意思の力は短期的には物事をなし得ますが、長期的な成功には『気分の力』が大切なんです。僕はそれを極地で学びました。今の宇宙の設計思想は分厚い鎧で人を守ろうとしていますが、鎧が厚くなるほど、なかの人は脆くなる。宇宙だからこそ、人が衣食住を営む場所は気分良く過ごせなくてはいけないんです。今はまだ、世界的にその段階に達していませんが、極地や宇宙の建築に『気分の力』という思想を持込めたらうれしいですね」


極地建築家/村上 祐資

1978年北九州生まれ、横浜出身。極地建築家。第50次日本南極地域観測隊(2008-10)に越冬隊員として参加。米ユタ州・Mars Desert Research Stationでは、Crew144国際選抜隊(2014)の一員として有人火星探査訓練を積む。2016-17年に北極で実施が予定の模擬火星探査計画「Mars Arctic 365」、およびマウナロア火山で行われるNASA「HI-SEAS」の、日本人唯一のファイナリスト。他にJAXA閉鎖BOX(2004)、エベレストB.C.(2010)、シシャパンマB.C.(2011)、富士山測候所(2010-12)などのエクスペディションに参加。アウトドア災害支援チームMUSUBU PROJECTメンバーとして、ネパール大震災の住宅支援用ドームをデザイン。日本火星協会・フィールドマネージャー。防災士。JFNラジオ番組「ON THE PLANET」水曜パーソナリティ。
ウェブサイト:http://www.fieldnote.net/
 


   

GREGORY/ターギー45
¥27,000+税
■トルソーサイズ:S、M
■容量:S=42㍑、M=45㍑
■重さ:S=1,640g、M=1/810g
■カラー:バサルトブラック

 
 
ライター
Akimama編集部
line_box_foot