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【DISCOVER JAPAN BACKPACKING】日本最北端の頂を目指せ! 利尻岳シートゥサミット・後編

2018.09.14 Fri

ホーボージュン

ホーボージュン 全天候型アウトドアライター

世界有数の火山大国であり、登山天国でもある日本。その魅力を見つめ直す「DISCOVER JAPAN BACKPACKING」。第三弾の舞台は、北海道・利尻島にある日本最北端の百名山“利尻岳”です。旅人はアウトドアライターのホーボージュンさん。これまでのアジア4ヶ国放浪サハリンの旅に続き、今回も大自然に翻弄されたようです!

(利尻岳シートゥーサミット・前編はコチラから)


 海から上がり、登山口に辿り着いたのは正午過ぎだった。僕は登山届けをポストにドロップすると登山靴の紐を結び直し、トレッキングポールの先端にゴムキャップをつけた。ここ利尻岳の登山道は大部分が玄武岩質の溶岩で崩れやすく、年々痛みが大きくなっている。また登山道脇にはリシリヒナゲシやボタンキンバイなど貴重な固有種が多いので、その保護のためにもキャップ装着が義務づけられているのだ。かつては北の果てのマニアックな山だったが、百名山ブームで登山客が急増したことで、いろいろ問題が増えている。
 
 準備オーケー。鼻の穴を膨らませて登山道へ進むと、入り口にこんな立て看板が立っていた。

《利尻島内にヒグマが上陸しています》「えええっ!マジかよ!」
「そうなんだよ。今年の春に泳いで渡ってきたらしいんだよね」
「ど、どこから?」
「どこからって、対岸からだよ」

 対岸といっても最短距離にある海岸線沿いのサロベツ原野からでも20kmはある。しかも利尻水道は潮の流れが早い。以前僕はおとなりの礼文島をシーカヤックで一周しようとしたことがあるが、この時は潮に流されてロシアに行ってしまったらどうしようか、ずっとヒヤヒヤしていた。いくらヒグマが泳ぎが得意といったって、こんな厳しい海をわざわざ泳いだりするのだろうか……?

「今から106年前には、天塩から泳いで来た熊もいたんだって」
「天塩って、ここから50km以上あるじゃん!」
「パワーがありあまってたんじゃないの? 体重300kgもあるでっかいオス熊だったから」
「その熊はどうしたの?」
「海岸で見つかって漁場の若い衆に手斧でボコボコにされたんだって。その時の写真が郷土資料館に残ってるよ」
「なんてことを……」
利尻島郷土資料館解説シート「利尻の自然II 海を泳ぎ渡ったヒグマ」
(出典=北海道 利尻富士町HPより)

 50kmも泳いできて撲殺されるなんて気の毒な話だ。今年渡ってきたヒグマはまだ人間には見つかっていないそうだが、島内各所で糞や足跡が多数発見され大騒ぎになっている。いまは山中に潜んでいる可能性が大きく、登山者には鈴やラジオの携行が推奨されていた。

「歌でも歌いながら行くか」

 知床でヒグマ慣れしているツカちゃんはさしてビビる様子はない。それは僕もおなじだった。こんなことをいうと島の人に怒られるかもしれないが、僕は正直ちょっと嬉しかった。去年僕はサハリン(南樺太)の原野をテント泊で歩き、山に登った。この時も濃厚なヒグマの気配を感じながら過ごしたが、その緊張感はけっして悪いものじゃなかった。これはアラスカやイエローストーンのグリズリー地帯でひとりで野宿していた時も感じたことだ。本来北の大地は彼らのものだ。僕ら人間はそこにお邪魔させてもらっているに過ぎない。それに自然が豊かな場所では彼らは人間を相手にせず、気配を感じたらすぐに逃げる。それが本来の我々の関係性だ。自然と文明。共存と共生。危険とリスク。ありうべきこの星の姿。アウトドアの旅というのはそもそもそれを考えるためにあると思う。

「しばらくは地味な登りだから、ボチボチ行こう」

 一歩一歩を踏みしめるように僕らは登った。

 山麓は深い霧に覆われてまわりの景色はまったく見えなかった。湿度が高く、汗でTシャツがあっというまにびしょ濡れになる。とても北海道の山(しかも北緯45度だ!)とは思えない。でも全道が暴風雨に巻き込まれている真っ最中に雨具なしで歩けるのだから恵まれていると思うしかない。利尻登山のメインルートである鴛泊ルートは直線距離6km、標高差1500mをひたすら詰めていく。5合目までは視界もなく、細い登山道を淡々と進む。この日は湿度が高く、まるで本州の低山を歩いているようだった

「コンニチハー」
「こんにちはー」

 次々と登山者が降りてくる。登山道では登り優先なのでみなさん道を開けて僕らの通過を待ってくれるのだが、一様に僕らの大きなバックパックを見てびっくりしていた。

 利尻岳登山は95%が日帰りだ。山中には営業小屋も水場もないし、テントを張るスペースもない。緊急時やご来光を拝む登山者のために8合目には避難小屋があるが、それほど大きくないので行政も日帰り登山を推奨している。僕らのような縦走登山者はここでは異端なのだ。

 それにしてもいろんな人がいるものだ。ちょうどお盆休みのど真ん中だったので観光客も多く、ジーンズ姿や上下スウェットみたいな人もいる。高尾山ぐらいのつもりで登ったのだろうが、利尻岳はそんなに甘くない。標高差は1,500m。往復の平均所要時間は11時間だ。案の定その手の観光客は全身泥だらけ、傷だらけで、両膝にテーピングテープを巻いた人や、泣き叫ぶ子どもを背負って汗だくで降りてくるおとうさんもいた。

 ごくろうさまです。どうぞご安全に……。
 午後3時を回ると、さすがに下山する人も途切れた。僕らは淡々と高度を上げていく。立ち込めたガスの中で僕らを迎えてくれるのは、ハイマツの低い林にゆれる紫色の美しい花だけになった。

「リシリブシだよ。スープにするとうまいんだぜ」 ツカちゃんがふざけてみせたのはトリカブトだ。猛毒として知られる花である。このリシリブシは利尻島と礼文島の固有種で、ブシ(附子)というのは毒を持つ塊根のこと。道内の山中で見るエゾトリカブトより花が密集していて兜状の花がもっこりしていた。もちろんこれにも猛毒がある。

 かつてアイヌはトリカブトの毒を塗った毒矢で狩猟を行った。アルカロイド系の毒は獲物の神経を麻痺させるため短時間で安全に捕獲ができるし、矢毒が刺さった部分を少し大きめに取り去れば他の部分は食べられた。また毒を付けた仕掛け弓(アマッポ)を獣道に仕掛けることで安定した収穫が得られたので、トリカブトの存在はアイヌの生活向上に一大革命をもたらしたという。

 でもアイヌがトリカブトの毒をどう調製したのかはよくわかっていない。毒作りは秘事だったために和人にはもちろん、同族にもめったに方法を明かさなかったからだ。しかし毒の効果を増強するために、蜘蛛や昆虫などいろいろな物を混入したことはわかっている。後年の聞き取り調査によると蜘蛛、川のカジカ、沢蟹、天南星の根の有毒部、ヨモギの葉、松脂、フグの油、蜂針、ドクゼリの根、ハナヒリノキの削り屑、エンレイソウの実、野イチゴ、ベニバナヒョウタンボクの枝、アメンボウなどが使われたという。中でも多くのアイヌが毒に蜘蛛を混ぜたのは「もし狩りの途中に誤って毒矢が人に刺さってしまっても死ぬことがないようヤウシュケップカムイ(蜘蛛神)にお願いしていたから」だという。また「クマ猟にはなるべく純粋な毒を用い、キンカムイ(山を司る最高神。熊神)に遠慮して他の混合物は使わなかった」という証言もある。

 これらの証言にはアイヌの生物観がよく現れていると思う。アイヌは地上にある動物や植物は総て「カムイモシリ」と言う天上にある神の国に住んでいる神さまが、それぞれの動物や植物に化身して、アイヌに贈りものを届けに訪れている(つまり獲物になってくれている)と考えていた。

「カント オㇿワ ヤク サㇰ ノ アランケㇷ゚ シネㇷ゚ カ イサㇺ」

 風に揺れるトリカブトを眺めながら、僕はそう呟いてみた。

 僕はここ最近『ゴールデンカムイ』というアイヌの漫画にはまっているのだが、これはこの漫画によく出てくる言葉で【天から役目なしに降ろされたものはひとつもない】という意味だ。街にいるときにはただの呪文にしか聞こえないが、こうして自然の中を旅しているとその言葉がしみじみと心に沁みる。

 天から役目なしに降ろされたものは、ひとつもない。
 では、僕らの役目はなんだろう?

 長い登りでは退屈と肉体的苦痛から逃れるために、脳内で何度も何度も同じイメージがループする。この日はなぜか僕の脳内にこんなイメージが繰り返されていた。でももちろん答えなど出ない。それは目の前の深い霧と同じで、先が見えそうで見えない問いだった。

 長い長い登りが終わり、僕らは稜線の上に出た。8合目の避難小屋まではもう少しだ。
左上)山中には水場がないので、登り口にある「甘露泉」と呼ばれる湧き水を汲んで登る。日本百名水にも選ばれた銘水で、清らかで、甘く、柔らかく、本当に美味しい。僕は道内の名水はいろいろ飲んでいるがここの水が断トツに美味しい。左下)ガス、ガス、ガス。5合目から8合目までは尾根筋を登っていくのだが展望がなく我慢の山登り。右)登山道のあちこちに見晴らしポイントがあったが、どこも深い霧のなかだった。オーマイガー

 避難小屋に到着したのは午後4時半過ぎだった。バックパックをおろし、登山靴の紐を緩めようとしたその時、奇跡が起こった。

「ピ、ピークだ! ピークが見えるぞ!」

 重く立ち込めていた雲が突然途切れ、凛と尖った利尻岳の頂上が現れた。海の上からほんの数分見えたきりずっと姿を隠していた山頂が再び僕らの前に姿を現したのだ。予想外の展開にふたりして慌てる。

「ど、どうしよう?」
「カ、カンパイしよう」
「そ、そうしよう!」

 慌ててバックパックをかき回し、底の方から缶ビールを掘り出す。プルタブを開け、ピークに向かって乾杯。プハーっ!うまいっ!やっぱりビールは最高だ。ヌルくたって最高だ。山で飲む酒は最高なのだ。 ピークに向かって喜びの舞いを踊っていると、やがて空がオレンジ色に染まってきた。雲が燃え、森が燃える。ザ・マジックアワー。ハイマツもトリカブトもオレンジ色の風に染まっていく。

「さーて、メシにしますか」

 北海道の夕暮れは早い。僕らは荷物をバラすと、夕食の仕度にかかった。外のベンチにジェットボイルを出し、買ってきた食材を並べる。 今回の利尻登山は突発的に決めたため、食料を準備する時間がまったくなかった。出発時刻は夜の10時。スーパーや食料品店はすでに閉まっているし、ゆっくり買い物する時間もない。

「食料の調達はどうする?」
 僕は心配していたが、ツカちゃんは平気な顔だ。

「大丈夫、大丈夫。途中のセブンイレブンで買うから」

 最近、ツカちゃんは山のメシはすべてコンビニで調達しているらしい。特に今回のような夜中出発の弾丸ツアーの時は積極的に利用するという。

「それに利尻みたいな水場のない山では、コンビニ系の食料のほうがいいんだよね……あ、言っとくけどお客さんには新鮮食材を使った豪華料理を提供してっから。ウチのツアーはごはんがおいしいんで有名なの。でもジュンさんとの旅は手抜き。ジュンさんにサービスしてもしょうがないから(笑)」

 そういいながら2日分の食料として買ったのは、サトウのごはん、パックの揚げ玉、小ネギ、冷蔵パックのサバの塩焼き、豚肉の生姜焼き、ニンニクの醤油漬け、カット野菜、ポテトサラダ、サラダチキン、フリーズドライのカニ雑炊、それに卵スープだった。

 まずはコッフェルに半分だけ水を入れ、そこにサトウのごはん2パックと生姜焼きを入れて湯煎する。途中で上下をひっくり返しながら温めること10分。フタをめくったご飯の上にカット野菜を盛り、その上に生姜焼きを乗せ、ニンニクの醤油漬けの袋を切って汁をかけた。するとどうだろう。醤油漬けの汁がパンチの効いたタレになり立派な「スタ丼」のできあがりだ。サイドディッシュはニンニク20粒と卵スープとバーボンウイスキー。ハイカロリーかつ男らしい山メシのできあがりである。 ポイントは自分たちの食器を使わずご飯のパックのままサーブすること。こうすれば食器を洗うための水やティッシュが節約できるし時短にもなる。最小限の資材と労力で食事をするコツである。

「うんめええええ!」
「なまらうめえ!」

 腹ペコだったこともあり、ワシワシとスタ丼を掻き込む。

 ちなみに翌朝のメニューは「サバごはん」だった。こちらはサトウのごはんを湯煎し、それをコッフェルにあけ、パックの焼き塩サバと揚げ玉と小ネギをぶち込んでスプーンでワシワシかき混ぜる。するとあっという間にホカホカのサバごはんのできあがり。ポイントは揚げ玉で、カリカリとした食感が食欲を増進してくれる。また揚げ玉の油の甘味が塩サバの塩分と混ざり合いこれがあったかご飯によく合うのだ!

 しかしこのメニューには一点だけ欠点がある。それはコッフェルがやたらとサバ臭くなってしまうこと。食後のコーヒーや紅茶にほんのりサバの油が浮くのもちょっと切ない。8合目の避難小屋。簡素な小屋で収容人数は20人ほど。悪天候や積雪時の退避用で宿泊目的での利用は推奨されていない

 食後のコーヒーを飲んでいると「自然の呼び声」に誘われた。僕はバックパックから携帯トイレを出すと避難小屋脇のトイレピットに入り、しばし哲学に耽ることにした。

 ここ利尻岳は入山者全員に携帯トイレの携行を義務づけている。人気の山域はどこもそうだが、登山者の糞尿問題はどこも深刻だ。離島の利尻では山中の汚物処理はとてもできず、そのソリューションとして“ブツ”の持ち下りを義務づけているのだ。

 といっても別に大変なことはない。使い方はとても簡単で、山中に設置されたトイレピットに入り、座椅子に携帯トイレをセットして用を足すだけ。普通の洋式トイレとなんら変わらない。いや、逆に言えばハイマツやササをかき分けて“キジを撃ちに行く”よりよっぽど快適だ。下山後は登山口にある回収ボックスに入れるだけ。吸水シートと強力防臭パックがセットになった携帯トイレは登山用品店やホームセンターはもちろん、稚内や島内のコンビニでも買える。これだけで山の糞尿問題が解決されるんだから、どんどん導入すればいいと僕は思う。

 哲学を終えてピットから出ると、空が真っ赤に染まっていた。もしかしたら明日の朝はご来光が拝めるかもしれなかった。

 

未明のピークアタック

 ピピピピッ、ピピピピッ……。

 枕元のiPhoneのタイマーが僕を眠りの底から引きずり上げる。

 ピピピピッ、ピピピピッ……。

 スヌーズボタンを押しながら画面を確認すると午前2時01分だった。

 隣に寝ていたツカちゃんはすでに寝袋をたたみ始めていた。僕もさっそく身支度を整え、パッキングをした。

「今日の日の出は4時34分。天気もよさそうだし、上手くいけば朝陽が見られるかもね」 ひやりとした夜の空気をまとい、ヘッドライトで足元を照らしながら僕らは歩き始めた。風はなく虫の声もない。聞こえるのはシュッ、シュッ、シュッというアウターシェルが擦れる音だけだ。

 やがてまわりがうっすらと白み始め、あたりの様子が少しずつ見渡せるようになった。僕らの眼下に広がるのは雲、雲、雲。ひたすら雲。その果てがどこにあるのかここからはまったく見えない。「雲海」とはよくいったものだ。

「出る、出る、出る!」 遠く遠く遙か遠く、雲海の東の果てにオレンジ色の光が差し始めた。足を止めて光に見入る。雲海の上、雲の下、親指2本分ぐらいのすきまに光が溢れている。こうして息をのむこと数分。やがて雲海にご来光を迎えた。

「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます。本日もよろしくお願いいたします」

 あたりが明るくなるにつれて雲海がよく見えてくる。広大なその広がりを楽しみながら最後の胸突き八丁を登り切り、4時48分、僕らは利尻岳北峰(標高1,719m)を踏んだ。 昼のあいだは登山客でごった返す山頂もこんな時間なので誰もいない。貸し切りの山頂で僕らは広大な眺めを楽しんだ。ぐるりと回りを見渡すと南側にもうひとつのピーク、南峰が見える。南峰は標高1,721mでそちらのほうが高いが、登山道が崩落して危険なために現在は通行禁止になっている。そのため利尻岳登山の山頂はここ北峰だ。

「あれがローソク岩だよ」

 南峰の脇に起立する岩山をさしてツカちゃんが教えてくれる。高さ10m以上ある塔岩で、厳冬期にはアイスクライミングであの上に登るクライマーもいるそうだ。

 それにしてもすごい景色だった。全方向に海が見える。日本百名山の深田久弥は「山が島なのか、島が山なのか」と形容したが、その言葉が実際に胸に突き刺さる。 深田氏は利尻岳について「礼文島から眺めた夕方の利尻岳の美しく烈しい姿を、私は忘れることができない。海一つ距ててそれは立っていた。利尻富士と呼ばれる整った形よりも、むしろ鋭い岩のそそり立つ形で、それは立っていた」「島全体が一つの頂点に引きしぼられて天に向かっている。こんなみごとな海上の山は利尻岳だけである」と絶賛しているが、僕が利尻岳を初めて見たのもまた礼文島からだった。

 2010年の春、僕はシーカヤックという手漕ぎのフネに乗り、厳しい波風に翻弄されながら尖った島影を眺めていた。その時は山のゴツゴツとした稜線が雪と氷に覆われ、みるからに厳しそうな山容に僕はただただ圧倒された。この当時はまさか自分がその山頂に立つなどとは思ってもいなかったのだが、それが今は逆に礼文島の海岸線を眼下に眺めている。しかも今回の登山は計画していたものではない。全道を覆った低気圧によってたまたま生まれた旅なのだ。

 僕はなんとも不思議な縁を感じた。
 旅はやはり巡るものなのである。

「さあ、これからが本番だ。利尻岳のワイルドサイドを見せてあげるよ」

 ツカちゃんの先導で僕は下山を開始した。下山は上級者向けの沓形ルートを降りる。標準タイムは4時間ほどだ。南西の方向を眺めると雲海がスルスルと開け、眼下に光る海が見えた。

 海から始まった僕らの旅はふたたび海へと向かう。
 いざ、ワイルドサイドへ。
 僕らは下山を開始した。

 山の西斜面に降りる「沓形ルート」から眺める利尻岳は、想像を超えてワイルドだった。利尻岳の北斜面は美しい円錐形で“利尻富士”の別名にふさわしい均整のとれた山容をしていたが、西斜面はギザギザで、ゴツゴツで、ザレザレで、荒々しい。黒く尖った山容はまるで魔王の住み処のようだ。

「あのギザギザに尖っているナイフリッジが仙法志稜。冬はあれが全部凍りつき、クライマーたちの標的になる。積雪期の仙法志稜はシリアスなアルパインクライマーにとっては憧れのルートなんだよ」 ツカちゃんの話によると、利尻岳の仙法志稜には過去に多くの登攀隊が挑んできたが、頂上直下のバットレスは超難関で、敗退や滑落、遭難や死亡事故も起きているそうだ。高緯度で気温が低いことや海上の独立峰で風が強いことなど、利尻登攀にはさまざまな悪条件が重なる。僕なんかは怖ろしすぎてなぜあんなところを登ろうとするのか理解できないが、きっとクライマーの心の中には僕らのような常人には計り知れない“スイッチ”のようなものがあるのだろう。

《”安全” 。この言葉はあまりにも嘆かわしく、否定的でみじめだ。……そこには臆病風が巧みに隠されていないだろうか。これが人生だろうか。あるいは人間の生き方なのだろうか?
 人間は勇敢でありえるし、これと同時に勇気を発揮する機会を与えられると幸福感を味わえるのだ。もちろん用心深いことは必要だが、それが恐怖の言い訳であってはならない》

 フランスのクライマーで数多くの初登攀記録を樹立した超人ガストン・レビュファは著書にそんなふうに書き残した。

 レビュファのいわんとすることは、なんとなくわかる。臆病風に吹かれて困難に立ち向かわないことは、彼にとっては生きていないことと同じだ。彼は登攀するために生まれてきた。アイヌ風に言うならば、彼はカムイモシリからクライマーという姿をまとい、地上のあらゆる山々を登るためにこの地に降ろされたのだ。

 でも超人ガストンだけでなく、僕にはあのナイフリッジに取りつこうとするクライマーたちはみな同じに思えた。きっと天命を受けて“降ろされた”のだ。じゃなきゃあんなおそろしいリッジに挑むわけがない。
「ここで朝メシにしようか」

 ザレ斜面のトラバースや「親不知子不知」「背負子投げの難所」などを無事にクリアし、三眺山のピークに着くと、ツカちゃんはバックパックを下ろしメシの支度にとりかかった。 3食目となるコンビニレシピはカニ雑炊。コッフェルにカニ雑炊の四角いブロックを2個ずつ入れ、ジェットボイルで沸かした熱湯を注ぐ。そこに指先でほぐしたサラダチキンを入れる。それだけ。ちなみにお湯を沸かすときにサラダチキンのパックを湯煎しておくと熱々で美味しい。サイドディッシュは食べきりサイズのキムチだ。

 荒々しい山容を眺めながら朝食を食べた。
 日帰り登山ではなく、縦走にして本当によかったと思う。利尻岳の表と裏、光と影、静と動。それを丸ごと楽しむことができた。

「ふあああああ」
「食った食った!」

 大きくノビをして、眼下に広がる原野を眺める。ここから先は濃い緑が広がっている。人の手の入らない正真正銘のウイルダネスだ。「クマ、いないかな」
 ツカちゃんが呟いた。

「ちょうどおんなじことを考えていたよ」
 僕はそう言って、山の斜面に目を凝らした。

 海を泳いで渡ってきたクマは一体どこにいるのだろう? 
 
 今度はもう海岸なんかをうろつかないで、ずっと深い森の中にいればいいと僕は思った。そしてもし逃げ込むならば山の北側でなく、こちら側、険しいナイフリッジと足場の悪い急斜面に囲まれたこの原野に逃げ込めばいいと思った。

 それにしてもなぜクマはこの島に渡ってきたのだろう?
 山に餌がなくなり、空腹のあまり海に飛び込んだのか? 
 メスを求めて、新天地に渡ったのか?
 それとも天命を受け、勇気を発揮する機会を得て、冒険の喜びに命を賭けたのだろうか? 
 僕はハグレ熊の天命を考えた。そしてその喜びと孤独を思った。

 カント オㇿワ ヤク サㇰ ノ アランケㇷ゚ シネㇷ゚ カ イサㇺ
 天から役目なしに降ろされたものはひとつもない。

 「今度はクマだらけの山を歩こうか」
 「どこを? 知床? 大雪?」
 「いや、カムチャツカとかさ」
 「いいねえ。その話乗った」

 僕たちはまたもやあてのない約束をした。

 この旅を終え、家に帰る頃、ツカちゃんの家に赤ん坊が生まれる。ついに三児の父親になるのだ。
 そうなったらきっと忙しい。家族を養うためにこれまで以上にガイドの仕事も増やさなければならないだろう。そうそうおっさんふたりで遊び回る訳にもいかない。それでもきっとまた僕らは旅に出るんだろうな。緑の谷を眺めながらそんなことを思った。

 旅は旅から生まれ、旅はまた次の旅を生む。
 草木が大地から生まれるように、落ちた種が芽吹くように。
 旅はこの星の空を輪廻し、いつかどこかで転生する。

「さあ、行こうか」
「おう」

 僕らはバックパックを背負い直し、海に向かって歩き始めた。
(文=ホーボージュン、写真=二木亜矢子)

 


●ツカちゃんのガイドは最高だぜ
北海道バックカントリーガイズ
http://namaranokuni.com/index.html
北海道全域をフィールドに、塚原聡がウルトラワイルドなツアーを催行するガイドカンパニー。12月から5月までの積雪期はバックカントリースキー/スノーボードのツアーを、6月から11月までの無積雪期は登山やトレッキング、カヌー、SUPなどのガイドツアーを行う。赤井川村にあるベースロッジにはゲストルームもあり、登録メンバーとガイドトリップ参加者は前泊も可能(ロッジの最寄り駅はJR南小樽駅)。希望があればオリジナルツアーの相談にも乗ってくれる。君も僕のような弾丸冒険ツアーにチャレンジしてみてはどう?

●今回使用したバックパック
グレゴリー/バルトロ65
¥42,120(税込み)容量:65リットル(Mサイズ)
重量:2,490g(Mサイズ)
最大積載量:22.7kg

 グレゴリーの旗艦モデルであり、世界中の登山家やパックパッカーに愛されている「バルトロ」シリーズが、今年フルモデルチェンジを受けた。歴代のバルトロを愛用してきた熱狂的ファンの僕としてはそのデキがずっと気になっていたが、今回の旅でしっかり使い込むことができたので、詳細を報告しよう。
 大きく変わったのは歴代バルトロのアイコンでもあった正面ポケットがなくなり、ストレッチメッシュポケットに変更になったこと。使ってみるとこれが便利で、脱いだジャケットや汚れ物などを簡単に突っ込んでおけるから利用頻度がとても高かった。
 またよく見るとこのメッシュポケットの裏にジッパー付きポケットがふたつ隠されていて(写真左)、トレイル上でよく使う物を入れておくことができた。単純にメッシュに置換しただけではなかったのだ。僕はこれまで通りここにアルパインウエアとレインパンツ、ザックカバーとゲイターを入れて天候急変に備えた。

 ふたつ目の特長は背面のパッドが大胆に肉抜きされ、通気性が大幅に向上したことだ(写真右)。大容量のパックは荷物が重く背中にビッシリ汗をかくものだが、それがかなり改善された。ショルダーやヒップのハーネスも通気性の高い素材に変更され、全体的にかなり夏山向きになっている。またその結果として新型バルトロは100g近い軽量化を達成。重量は2,490gとなった。これは本当に嬉しい。

 そのほか、両肩と腰のハーネスが自在に動く「レスポンスA3サスペンション」や荷物の出し入れが簡単にできる開口部の構造、アタックザックに変身するハイドレーションポケット、各部の丁寧な作り込みなどはこれまで通り。テントを背負っての山岳縦走や長いバックパッキング旅にこれ以上のバックパックはないと思う。これからもコイツと一緒に世界中を歩いてやろうと思っている。

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