• 山と雪

【DISCOVER JAPAN BACKPACKING】日本最北端の頂をめざせ! 利尻岳シートゥサミット・前編

2018.08.30 Thu

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ホーボージュン 全天候型アウトドアライター

世界有数の火山大国であり、登山天国でもある日本。その魅力を見つめ直す「DISCOVER JAPAN BACKPACKING」。第三弾の舞台は、北海道・利尻島にある日本最北端の百名山“利尻岳”です。旅人はアウトドアライターのホーボージュンさん。これまでのアジア4ヶ国放浪サハリンの旅に続き、今回も大自然に翻弄されたようです!


 
 旅は旅から生まれ、旅はまた次の旅を生む。草木が大地から生まれるように、落ちた種が芽吹くように、旅はこの星を輪廻し、いつかどこかで転生する。今回の旅もまたそうして生まれた。

 山岳ガイドの塚原聡(ツカちゃん)と初めて旅をしたのは2015年の早春のこと。場所は北海道の雪山だった。バックカントリーを滑る人には知られていることだが、パウダースノーで有名なニセコアンヌプリから日本海沿いの岩内岳の間には、積雪期にだけ出現する“オートルート”と呼ばれる縦走ルートがある。2泊3日あるいは3泊4日をかけて9つの山をスキーやスノーボードで滑りながら旅ができる、バックカントリーマニアにとっては最高の縦走路だ。
Photo by Tomoko Fukutaki
 早春の北海道は最高だ。パウダースノーもいいけど、コーンスノーと呼ばれるザラメ雪は1度滑ると病みつきになる。踏んだスノーボードのエッジごと斜面が流れるようなその滑らかさは、まるで水の上を滑っているよう。山行にも厳冬期のような緊張感や悲壮感はなく、どこかほっこりしていて心が弾む。この旅の最終日には僕らは岩内岳の山頂から日本海に向かって滑降し、海岸まで歩いて出ると海に沈む夕陽を見送るというドラマチックなフィナーレを迎えた。

「楽しかったなあ!」2人してそう呟く。

「次はこの海を旅しようぜ!」

 そう言い出したのは果たしてどちらだったか。この時の僕らは人力旅ならではの達成感と高揚感に突き上げられ、まるで中学生みたいに興奮していた。

 その口約束が口約束でなくなったのが2017年の夏だ。雪山の次は海旅だった。シーカヤックにキャンプ道具一式を詰め込んで、余市から岩内まで積丹半島一周の旅に出たのである。
Photo by Makoto Yamada

 残念ながらこの時は爆風が吹き荒れてまったく前に進めず、来る日も来る日も白波を眺めながら過ごすハメになった。焦る気持ちがないわけではないが、どんなに抗ったところで自然の力にはかなわない。長年アウトドアで遊んでいる僕らは「停滞」にも慣れっこで、それは「旅」の仲のよい兄弟みたいなものだと思っていた。

 そのかわり時間だけはたっぷりあったから、旅の話をたくさんした。今度はでっかいバックパックを背負って日高山系を歩こうとか、ヒグマをかき分けながら知床岬までいこうとか、そんな話。肉体は1ミリも進まなかったが、僕らの思いは自由自在に北海道の大地を彷徨していた。別の意味で旅らしい旅になった。

「じゃあ、またな」

 次の約束をすることもなく僕らは別れたが、この旅はきっと次に繋がるという予感が僕にはあった。そして1年を待たず、それはふたたび現実となった。
 

2018年夏。縦走&縦漕の旅へ

「夏休みにそっちに行くからさ。テント泊で縦走登山しようぜ」

 そう連絡を入れたのは6月の末だ。ツカちゃんは快諾してくれ、僕らはさっそく計画を練り始めた。とはいえふつうに山に登るだけじゃつまらない。僕は道内のロングルートはすでにいろいろ登っているし、ツカちゃんに至ってはプロの山岳ガイドだ。いまさら有名ルートを歩いても面白くないだろう。

「じゃあどこか山奥の湖をSUPで横断して、そのままその外輪山に登るのは?」
「いいねえ~それ!」

 冗談半分に言ったプランで僕らは盛り上がった。山に登り、山を下り、湖を渡り、湖畔で眠り、ふたたび山に登る。縦走&縦漕の旅。それは全方向的でワイルドな匂いがプンプンした。

 地図を睨んでそんな旅ができそうな場所を探した。その結果候補になったのが次の3つだ。

 ひとつめは支笏湖(しこつこ)。風不死岳~樽前山~苔の回廊~楓沢~支笏湖~恵庭岳。マニアックな山域にワイルドで神秘的な苔道歩きを加え、SUPで湖を渡って次にめざす恵庭岳へ向かう。2つの山を湖で繋ぐ縦走(漕)スタイルだ。支笏湖と恵庭岳(出典=Wikipedia「支笏湖」より)

 ふたつめは然別湖(しかりべつこ)。白雲山~天望山~東雲湖~然別湖~南ペトウトル山。ナキウサギが鳴く神秘の湖を巡る旅。山を縦走し、湖を渡り、川を漕いでシマフクロウの棲むキャンプ地で野営。ふたたび湖を渡り南ペトウトル山へ登る。体力的に余裕があれば、ウペペサンケ山まで攻め登ってもいい。然別湖(出典=Wikipedia「然別湖」より)

 3つめは摩周湖(ましゅうこ)だ。西別岳~カムイヌプリ~摩周湖周回~藻琴山。道東のパイロットファームを眼下に見渡せる大展望の西別岳からカムイヌプリ(摩周岳)へ向かう山中でビバークし、夕陽と星空と朝陽を満喫。その後屈斜路湖へ下りSUPで移動して藻琴山へというビッグスケールのプランだった。
摩周湖(出典=Wikipedia「摩周湖」より)

 日程は8月13日から18日の5日間にした。どの山域に向かうかは直前の天気図と週間予報で決定することにし、どこに向かってもいいように手配と準備を進めた。トレッキングブーツとパドル、アルパインウエアとライフジャケットを同時にパッキングするのはなんだかへんな気持ちだったが、逆に妙に興奮する作業なのだ。

(これはどう考えても楽しい旅になるぞ……。)

 嬉しすぎて前夜はよく眠れなかった。そしてお盆休みの初日。モクモクと湧き上がる入道雲を突き抜け、僕を乗せたスカイマーク713便は青い空へと飛び立った。行き先は夏。まるでジブリ映画のオープニングみたいな光景だった。

 ところがどっこいぎっちょんちょん!(このフレーズ、もはやAkimamaの僕の連載ではおなじみだ)。

 新千歳空港で僕を待っていたのは凍えるような寒さと、10m先が見えないようなどしゃ降りだった。

「うっす……」

 空港まで迎えに来てくれたツカちゃんが苦笑いしている。台風崩れの低気圧と前線の影響で、北海道は全道にわたって大雨だった。クルマを走らせるのが恐いほど。水しぶきでまったく前が見えないし、高速道路のあちこちにハイドロプレーニングを起こすんじゃないかと言うくらいの深い水たまりができていたのだ……。


 赤井川村にあるツカちゃんの家に着いたのが午後7時。さっそくパソコンを開いて天気概況を調べたが、雨雲レーダーの画像をみて絶句した。道南、道央、道東、道北の全域に巨大な雨雲がグルグルと渦巻き、場所によっては1時間に40mmを越える雨が降っていた。テレビのニュースでは各地の主要道路の通行止め情報が次々とあがり、アナウンサーが「観測史上最悪の」とか「厳重な警戒が必要です」みたいなコメントを読み上げていた。

「支笏湖も然別湖も摩周湖も全滅だね……」
「こりゃあとても山に入れるような状況じゃないわ」

 完全な諦めモードで分厚い雲のかかった衛星画像を眺めているとき、「いや、待てよ……」とツカちゃんが呟いた。

「ほらジュンさん! ここ! ここだけ雲が切れてる」

 指さしたところをみると、北海道の最北端、宗谷岬のあたりだけがちょこんと雲から顔を覗かせていた。

 カタカタとキーボードを叩き、稚内地方の天気予報を見る。するとどうだろう。明日も明後日もここだけ晴れマークになっているじゃないか!
「島だよ島! 思い切って利尻島か礼文島に渡ればワンチャンあるかも!」

 そう言うとツカちゃんはケータイをわしづかみにし、シオ君に電話をかけた。シオ君はツカちゃんのお弟子さんで、夏のあいだは利尻島で山岳ガイドをしているのだ。彼と短い会話をかわすと、今度はレラモシリの渡辺敏哉さんに電話をかける。渡辺さんは厳冬期の利尻岳登山や礼文島のシーカヤックツアーを催行している日本最北のカリスマガイドだ。さすがガイド同士は横のつながりが強い。

「……あ、そう。わかった。ありがとう!」

 電話を置いてガッツポーズをとる。その目がキラキラと輝いていた。ふたりの現地ガイドの話を総合すると、明日と明後日の利尻・礼文は天候もよく、もしかしたら“絶好の登山日和”になるかもしれないとのこと。プロ中のプロがそう口を揃えるのだから間違いないだろう。

「こうなったらこれまでの計画はぜんぶご破算にして、思い切って利尻へ渡ろう。どうせほかに選択肢はないんだし」

 こうして旅は急転直下、僕らは日本最北端へと舵を切ったのである。利尻島は礼文島に次ぐ日本最北の有人島。地名の語源はアイヌ語の「リ・シリ(高い・島)」で、その名の通り利尻岳を主体とした火山島だ。海面から天に向かってそびえ立つ利尻岳(標高1,721m)は他に類のない美しさを備えており、深田久弥の「日本百名山」のほか「新日本百名山」や「花の百名山」にも選定されている塚原聡が主宰する「北海道バックカントリーガイズ」のベースロッジにて。北海道じゅうが大荒れの天候で、僕らの旅程は根本から覆された。バタバタと旅支度をし、塚ちゃんのふたりの息子を寝かしつける。とーちゃんたちは北の果てまで旅に出ることになったから、オマエら留守をしっかり頼むぞ

 しかしこの時点で時計の針はもう20時を回っていた。ここから稚内までは約400km。これから仕度をして22時に出発し、夜通し走ったとしても稚内を朝7時15分に発つフェリーはぎりぎりだ。船内で仮眠をして島に着くのが9時前。そこからの約48時間が僕らの持ち時間だ。それをどう楽しむか。楽しめるか。つーか、そもそもそんなことができるのか俺たち! ふたり合わせて100歳を超えるおっさん2匹!

 どちらにしても冒険の匂いがプンプンする。それは僕らの大好きな匂いだった。僕らはレインウエアを羽織ると、どしゃ降りの中、クルマに機材を積み込み始めた。赤井川から稚内までは400km・6時間のロングドライブ。吹き付ける雨に逆らうように僕らは夜通し走った。そして辿り着いた最北端の港。稚内の空には美しい夜明けが待っていた


これは魔法なのか? 雲が切れてピークが見えた
日本最北の港・稚内と利尻島を繋ぐハートランドフェリー。お盆休みとあって船内はごった返していたが僕は甲板にマットとシュラフを広げて爆睡した。……それにしてもこの光景には既視感がある。去年の夏はここ稚内からサハリンに渡ったのだ!

 徹夜明けの朦朧とした意識で眺める海はどこか幻想的で、僕にはまるで現実感がなかった。

「これは夢じゃないよね……?」

 明け方まで続いたどしゃ降りと真っ黒な雨雲はここにはなく、明るい空が広がっていた。利尻岳はガスに覆われて見えなかったが、海の向こうには礼文島がくっきりと見えた。そしてその向こうには目の覚めるような青空! まるでこの島のまわりだけが魔法の力かなにかで守られているようだった。

「よし! 漕ごう!」

 僕らは汗だくで担いできたインフレータブルSUPに空気を入れるとさっそく海に出ることにした。「ヤマセの風」と呼ばれる北東風がオホーツク方面から吹き付けているので、安心して漕げるのは風裏になる島の南西側だけだったが、この状況で海を漕げるなんて奇跡みたいな話だ。

 ゴロタ岩の海岸からソロリとSUPを漕ぎ出す。くっきりと透き通ったエメラルドグリーンの海は僕にどこか南の島の入り江を想像させたが、南海と海容が大きく異なるのは海底に昆布の森がたゆたっているからだ。手を水に漬けるとひんやりと冷たい。その冷たさに僕は北端を感じた。 湾岸を南下しながらゆっくりと景色を楽しむ。この利尻島は三角錐をした美しい島で、その頂点・利尻岳の山頂は1,721mもある。海上から見ると海からググッとそそり立つように隆起した山容がかっこいい。とくに厳冬期は島全体が真っ白くなり、まるで絵画を見ているようだ。ちなみに北海道銘菓として有名な『白い恋人』のパッケージは島の南から見上げた利尻岳である。
利尻島(出典=Wikipedia「利尻島」より)
「これから利尻岳を縦走したらリアル“シー・トゥ・サミット”だな」
「いや、それどころじゃないよ。もうすでにここまで400km走ってきてるんだから、クレイジー・トゥ・サミットだ」
「たしかに!」

 でもよく考えてみれば、24時間前の僕は自宅のある湘南の海に浮いていたんだ。そう思うと距離感も時間の間隔もデタラメだった。時空を越えたタイムトリップをしているかのようだ。やっぱり僕は寝ぼけているのか。そんな事を考えたその時だった。

「ジュンさん!ヤバイ!」
「えっ?」
「ほら、あそこ!」

 ツカちゃんが指さす彼方に目を移すと、真白い雲の一部がまるで出窓を開けたようにぽっかり開き、そこから利尻岳のピークがクッキリと黒い姿を覗かせていたのだ。「マジかよ! これは本当に晴れるぞ!」

 行くなら今だ。利尻岳登山は通常のピストン登山でも行動時間9時間もかかる健脚ルートだ。さらに頂上から沓形ルートに降りる完全縦走をしようと思うと最低12時間以上はかかる。出るなら今のうちだ。ふり返ってツカちゃんをみる。

 ツカちゃんはパドルを持った手を腰にあて、まるで野武士のように海上で仁王立ちになっていた。そして僕の眼をねぶるようにニラむとグッとサムアップしてみせたのだ。

「よーし! 登るぜ利尻富士!」

 僕らは上空1,700mにそびえる黒いピークに向かって、全速力でパドリングを始めたのである。

(文=ホーボージュン、写真=二木亜矢子)

9月中旬公開予定の後編に続く!


 
 


 

●今回使用したバックパック
グレゴリー/バルトロ65
¥42,120(税込み)容量:65リットル(Mサイズ)
重量:2,490g(Mサイズ)
最大積載量:22.7kg

 グレゴリーの旗艦モデルであり、世界中の登山家やパックパッカーに愛されている「バルトロ」シリーズが、今年フルモデルチェンジを受けた。歴代のバルトロを愛用してきた熱狂的ファンの僕としてはそのデキがずっと気になっていたが、今回の旅でしっかり使い込むことができたので、詳細を報告しよう。
 大きく変わったのは歴代バルトロのアイコンでもあった正面ポケットがなくなり、ストレッチメッシュポケットに変更になったこと。使ってみるとこれが便利で、脱いだジャケットや汚れ物などを簡単に突っ込んでおけるから利用頻度がとても高かった。
 またよく見るとこのメッシュポケットの裏にジッパー付きポケットがふたつ隠されていて(写真左)、トレイル上でよく使う物を入れておくことができた。単純にメッシュに置換しただけではなかったのだ。僕はこれまで通りここにアルパインウエアとレインパンツ、ザックカバーとゲイターを入れて天候急変に備えた。

 ふたつ目の特長は背面のパッドが大胆に肉抜きされ、通気性が大幅に向上したことだ(写真右)。大容量のパックは荷物が重く背中にビッシリ汗をかくものだが、それがかなり改善された。ショルダーやヒップのハーネスも通気性の高い素材に変更され、全体的にかなり夏山向きになっている。またその結果として新型バルトロは100g近い軽量化を達成。重量は2,490gとなった。これは本当に嬉しい。

 そのほか、両肩と腰のハーネスが自在に動く「レスポンスA3サスペンション」や荷物の出し入れが簡単にできる開口部の構造、アタックザックに変身するハイドレーションポケット、各部の丁寧な作り込みなどはこれまで通り。テントを背負っての山岳縦走や長いバックパッキング旅にこれ以上のバックパックはないと思う。これからもコイツと一緒に世界中を歩いてやろうと思っている。


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