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【低山ガイド】西のよい山ひくい山———そこは公園!? ブナの紅葉が心に染みる森へ

(2018.10.18)

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 日本の山岳自然のうち、世界的な「いいね!」のひとつがブナ林。中国山地にその穴場を発見しました。「森林公園」という庭園的な名称ですが、そこには西日本有数のブナ林が!

岡山県立森林公園(1090m/千軒平) 岡山県鏡野町

 世界自然遺産「白神山地」のブナ原生林にはおよばないものの、ある程度のブナ林なら中国山地にも多い。その代表格は伯耆大山(中国山地最高峰の日本百名山)の山麓だが、今回紹介するのはその東、登山好きにはあまり知られていない山域。なにせ名称に「峰」や「山」がなくて「森林公園」だから、知名度はいまひとつであります。
岡山県立森林公園は、幅広い年齢層のハイカーを受け入れる。入り口には管理センターがあり(右上)、中国山地には珍しいカラマツ林がうつくしい(左上)。ブナの森からの水流を集めた湿原(左下)もあり、雪解けから初夏にかけて湿性植物(ミズバショウやザゼンソウ、バイケイソウなど)の花を楽しめる。(右下)各トレイルはスムーズで、トレランの聖地になりそうな予感。

「公園」だけあって、ここは登山経験なしでも森を満喫できる山域。その一部には、近代的なトイレや東屋、軽トラックも通行できそうな遊歩道が整備されています。しかし、観光客向けの地区から離れてトレイルを登れば、そこかしこにブナの単相林が。

「ぶなの平園地」で出会った巨木。

 ブナの単相林。それはブナ純林とも呼ばれ、人が介入せず、自然の移ろいのままに長い年月をかけて到達した森林の姿。大昔の中国山地は、かなりの規模のブナ林に覆われていたと推測されますが、中世のタタラ製鉄(砂鉄を原料にした製鉄法)の隆盛以降、奥地や山頂の森にも斧やチェンソーが入り、杉や檜の植林が進み、いまに至っています。私たちはブナの単相林を目にすることがむずかしい時代を生きている。
例年、11月上旬にはこのような紅葉に。

 そんな歴史的背景や希少性を抜きにしても、ブナの単相林は心躍る自然。それは童話やファンタジーを連想させる世界です。

 とくに、秋晴れの斜光さす時間。ブナの硬質な幹は冷たい灰色のグラデーションに輝き、落ち葉の絨毯に長い陰影を落としていきます。佇む巨人に囲まれているようだし、荘厳な礼拝堂に抱かれているようでもあります。
ブナの巨木の散歩道。大地を覆う落ち葉を踏むと、スポンジのように水が染み出た。

 森といえば、微生物から大型哺乳類まで無数の命が絡み合う世界です。しかしブナの単相林が見せるのは、まるで大自然が抽象画家になったかのようなシンプルな風景。下草は少なく見通しはよく、私たちは森のなかをかなり自由に歩ける。
トレイルを迷うくらい、ブナ単相林は歩きやすい。

 こんな森を、鉄を持たないころの人類は日常的に彷徨よい、ときに獲物を追って駆けていたのだなあ……などと、想いが時空を越えていきました。ブナの森の狩人と同じように野で生きる才が、いまも私たちのどこかに眠っているだろうか。人には、はるかな世代にわたって受け継がれる感性はあるのだろうか。

 ブナの単相林に抱かれたとき、もしあなたの心が揺れたら——懐かしいような、癒されていくような感覚があれば、それは遺伝子のささやきかもしれません。
フォトジェニックなブナの姿は、冬の気候の厳しさゆえか。

 ところでこの山域には名湯あり。下山後は、岡山県立森林公園から車で約20分の奥津温泉「奥津荘」がお勧め。奥津荘の内湯は「足元湧出」で、渓流の川底みたいに岩とゴロタ石で埋まった湯船の底から温泉が自噴し、湯船を満たし、溢れています。温泉大国日本でも珍しい形態で、地球から生まれたての温泉に浸かれます。その歴史は江戸時代までさかのぼれるとか。日帰り入浴の受付は14時までなのでご注意を。
(左上)ブナ林が魅力の山域だが、眺めのよいピークも。写真は千軒平(1090m)。ここから見下ろす秋の山並みは、ブナの錆びた赤、カラマツの黄、スギやヒノキの緑と、色とりどりの絶景。(右上)ブナ林の保水力のおかげか、谷が浅いのに水量のある沢が。これは熊押し滝。(左下)もみじ平(1059m)の東面の尾根にて。(右下)見上げる紅葉が終わっても、足元の色づきは続く。取材は11月7日で、枝葉と大地の紅葉を楽しめた。


地図制作=オゾングラフィックス
■岡山県立森林公園(1090m/千軒平)
 岡山・鳥取両県の県境に位置する岡山県森林公園は1975年7月に開園。標高840~1100mで面積は334ヘクタール、21㎞にわたる遊歩道が整備され、体力に合わせてルートを選べる。公園内の最高峰はきたけ峰(1108m)。ブナ・ナラだけでなくツノハシバミやマユミ、カエデ、カラマツなど樹種が豊富で、10月上旬から11月上旬にかけてそれぞれの木で紅葉が進んでいく。

■山行コースガイド
〈歩行計=3時間30分〉管理センター(35分)熊押し滝(35分)奥ぶなの平(1時間35分)千軒平(45分)管理センター
 
 岡山県立森林公園のトレイルは、今回紹介したルートのざっと2倍以上あるのだが、国土地理院地形図にはほぼ記載されていない。管理センターでは全ルートとコースタイム記したパンフレットを配布しているので、それと地形図を併用したい。該当1/25,000地形図は「下鍜冶屋」。岡山県立森林公園

 
 
ライター
大村嘉正

四国の瀬戸内海暮らし。仕事は自然・旅系ライター&フォトグラファーで、生きかたはバックパッカーでリバーランナー。著書はラフティングガイドたちの1年を追った『彼らの激流』(築地書館)。

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