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【低山ガイド】西のよい山ひくい山——瀬戸内海で失われた森がいまも残る、世界遺産の「弥山」

(2019.04.02)

登山のTOP

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 いまでは木々に覆われる瀬戸内海の島々だが、花畑など島全体が農地だったり、工場や火力発電所の有毒ガスでハゲ山になったりと、一度は自然が壊された島がほとんど。瀬戸内海沿岸で昔ながらの森に出会えるのは、もうここだけなのかもしれない。

弥山(535m) 広島県廿日市市宮島町
厳島神社(左下)の背後にある弥山(中央)と駒ヶ林(右)。宮島への連絡船からの眺め。

 瀬戸内海に浮かぶ宮島といえば世界遺産「厳島神社」。国内外からの観光客は朱塗りの社殿に感動し、願ったり祈ったりしていますが、はるか昔には宮島そのものが神として崇められていました。「厳島神社を満潮時の水上に建築したのは、御神体である島を少しでも傷つけないため」という説もあるとか。社殿も大鳥居も、大地に何かを打ち込んで固定しているのではなく、干潟の上に乗っているだけなのです。
信仰によって守られてきた森・弥山原始林を登っていく。

 おかげで残ったのは、瀬戸内海沿岸ではここぐらいという古来の森。弥山原始林と呼ばれるその山域は厳島神社とともに世界遺産で、宮島最高峰の弥山を含み、面積は約400ha。いくつかある登山道のうち、今回は世界遺産地区を周遊するルートを選びました。
大元公園。春は桜の名所でもある。

 入山は大元公園から。混雑した厳島神社から西へ400mほどですが、私たちふたり以外はシカばかり。宮島のシカといえば餌をねだるイメージですが、大元公園のシカは私たちを無視、または避けていきます。誇り高き野生の姿に導かれ、私たちは巨樹の森に入っていきました。

モミの巨樹など、宮島には温暖な瀬戸内地方に稀な植生が。

 その樹種はモミやツガ。冷涼な山地で生育するはずなのに、海岸近くで大きく育っています。また、ミミズバイなど暖かな地域に育つ照葉樹も多い。亜熱帯系と冷涼系の木が混在する自然林は、瀬戸内海ではここだけでしょう。

大元公園のシカは馴れ馴れしくないが、人を恐れることもない。静かに至近距離で撮影を楽しんで、まるで高山帯のようなモミの林へ。かつての修験者の道に入ると、太陽の光を貪欲に求める照葉樹が森を薄暗くした。

 大元公園をすぎると、かつては修験者の姿もあったという谷を登っていきます。照葉樹が濃い影を落とし、冷たい巨岩が点在しています。のしかかるような岩壁もある。
駒ヶ林の山頂をかたちづくる巨岩の一部。

 まもなく最初のピーク「駒ヶ林」へ。山頂には巨大な花崗岩が横たわり、弥山原始林や瀬戸内海の島々を一望できます。600m向こうの弥山を望めば、ロープウエイで登ってきた観光客がたくさん。かたやこちらは広い岩肌に7人。世界遺産の自然を静かに楽しむのなら駒ヶ林です。風化した花崗岩の座り心地もいい。

駒ヶ林(509m)。

 ところでこの登山でのお弁当は、JR宮島口駅前にある「うえの」の「あなごめし弁当」を強く推します。そのおいしさに「もはやウナギは無用!」という人もいるぐらいで、駅弁日本一にもなった伝統の味です。

あなごめし弁当はレギュラーサイズで1,944円。行楽期には行列ができる店なので、予約したほうがいい。「うえの」

 弥山の直下にある求聞持堂までくると、そこには奇妙な光景が。「ザ・日本」な寺社の石段に腰かける人々は、国連総会なみの人種のるつぼ。いろんな言語に耳をすませば、「見ろよ、あの門に立っている2体のデカい像、腹がシックスパックだぜ、すげーな」なんて会話が。仁王像、そういう見方もあるのか~。

弥山。観光客が写らないように撮影するのは至難の業でした。弥山からは乾いた尾根道を歩いていく。
 平日なのに人でごった返す弥山から尾根伝いに下山。花崗岩を主体にしているせいか、ルート上には大きな木があまり育たず、瀬戸内海の風が気持ちのよく吹き抜けていきます。気軽に登れる山なので、軽装の白人旅行者と何人かすれ違いました。「ハーイ!」とまるで外国の山のトレッキングみたいに挨拶。

瀬戸内の展望がすばらしい尾根道だ。
 眼下に、包ヶ浦自然公園(海辺のキャンプ場)が見えてきました。太平洋戦争のときには日本軍の弾薬庫があったところです。その向こう、カキ筏浮かぶ瀬戸内海を挟んで約15㎞先に広島市街が見えます。そして少し右へと視線を振れば、私の生まれ故郷である呉市街が島々の間に。私の父は生前、「8月6日の朝、山の向こう、広島の街の方向に、大きな雲が昇っていくのを見た」と言っていました。宮島の神さまもあの惨事を目にしたはずです。

手前の海岸が包ヶ浦自然公園。海の向こうに広島市街。
 神の島と崇められたものの、戦国時代には合戦が行われたり、日本陸軍の弾薬庫や砲台が設置されたりと、宮島は戦争の歴史とともにありました。現在の観光地としての隆盛も、その始まりは、日清・日露戦争のときに戦勝祈願で多くの人が訪れたことから。長い間、人々はこの島に「戦の神」としての役割を担わせてきました。

木々の間から大鳥居が。
 しかし厳島神社が世界遺産になって以来、肌の色や言葉、信仰も異なる人びとが宮島に求めるのは伝統文化や大自然。ようやく武運を要求されなくなった宮島の神さま、いまのお役目は「世界との縁を結ぶこと」といったところでしょう。

下山したら干潮。大鳥居の足元まで歩いて行けた。
 いつかふたたびこの山に登り、異国のトレッカーと瀬戸内海を眺めたなら、「あの海の向こうに見える町並みが、1945年8月6日に……」と話してみたいところです。宮島の神さまに習い、縁を結ぶために。


地図製作=オゾングラフィックス

■弥山(535m)
 宮島の最高峰で世界遺産地区にある。伝承では平安時代の僧・空海(弘法大師)が開山。山頂は巨石群になっていて、その姿が磐座とみなされ、山岳信仰に至ったと思われる。弥山を含めた宮島を信仰する歴史は古墳時代までさかのぼるという。気温や雑草や害虫のことを考慮すれば、登山は秋~春がおすすめ。

■山行コースガイド
〈歩行計=3時間45分〉大元公園(1時間30分)駒ヶ林(30分)弥山(30分)獅子岩駅(15分)榧谷駅(1時間)紅葉谷

 弥山の山頂展望台にはトイレあり。また、ロープウエイの獅子岩駅には飲み物の自販機とトイレがある。車で宮島へアクセスする場合は、船着き場周辺の駐車場を利用できるが、行楽シーズンには満車になりやすいので早めの到着がおすすめ。宮島への連絡船は2社あるが、時間帯によってはJR連絡船のほうが大鳥居近くを航行する(宮島行きの場合)。

(文・写真=大村嘉正)

 
 
ライター
大村嘉正

四国の瀬戸内海暮らし。仕事は自然・旅系ライター&フォトグラファーで、生きかたはバックパッカーでリバーランナー。著書はラフティングガイドたちの1年を追った『彼らの激流』(築地書館)。

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