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スポーツの現場にはあらゆる感情が散りばめられている

(2016.07.21)

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 ここに一枚の写真がある。場所は南米コスタリカ。写っているのは、アドベンチャーレーサーの田中陽希だ。

 僕はまだ何もやっていない。このまま教師を目指すのなら、その前に自分がどこまでできるのかに挑戦したいーーー。

 田中がアドベンチャーレースに出会ったのは、そんな思いがきっかけだった。正確には、アドベンチャーレースの前に“ハセツネ”がある。長谷川恒男カップ。71.5km、奥多摩の山々を駆け巡る夜通しの鉄人レースにトライした。いまから約10年前のことだ。

 そこで出会ったのが、アドベンチャーレース界に生きる男たちだった。

 
 教員を目指して大学に通っていた陽希だが、卒業を間近に控え「経験豊富な教員たちと同じ教壇に立つには、自分はあまりに未熟すぎる」
 そう感じ、何かに挑戦したいと考え、「ハセツネカップ日本山岳耐久レース」への出場を決意。そこでチーム・イーストウインドとアドベンチャーレースの存在を知ったという。
 自らを未熟と感じていた彼にとって“何か変われる、変えられる”そんな強烈な期待のようなものが彼の中に飛び込んできたのだろう。チームのウェブサイトにトレーニング生募集を見つけ、すぐに連絡した。2006年夏の出来事だった。

「僕にとってレースの魅力は大自然の中でチーム力や人間力が試せること。目標の一つは世界大会での優勝だが、その前に僕自身も含め戦えるチームを確立させなければならない」
 一度チームを離れ、ひとり日本の山々を歩き続けてきた彼は今、改めてチームでゴールを目指す難しさと喜びを噛みしめ、世界のアドベンチャーレースに挑戦している。

文・写真/久保田亜矢 
 

 この文章は、とある写真展で見つけたものだ。久保田亜矢といえば、トレイルランニングやアドベンチャーレースなど、生身の人間が身一つで過酷な自然と対峙するその姿を追いかけ続けてきたフリーランスのライター/フォトグラファーだ。

 写真はその亜矢さんが、田中たちを追って彼の地で撮影した一枚だった。そして、写真に添えられた文章。アドベンチャーレースとは何なのか、そこに身を置く田中の心には何が映じているのだろう。悔恨、苦痛、煩悶。そして達成と歓喜。

 現場でしか共有できない臨場感を切り撮り、表現をする。亜矢さんの仕事の真骨頂だ。そして、その作品を見る者が何を味わうのかーーー。

 自身の肉体と精神を極限なまでに持っていくことで見えてくる世界。田中がサングラスを通じて見た世界とはどんなものなのだろうか、BSの番組で見た田中とは、どことなく感じがちがう。

 アウトドアや登山が自己と向き合う行為であるなら、全身全霊でそこに向き合う人の姿を見ることは、自分にとっても決してマイナスにはならない。思わず写真の前に時の過ぎるのを忘れてしまった。いい時間が、静かに過ぎていくーーー。

 写真展「記憶に残る一枚 そしてTOKYO」は、現在、品川のキャノンギャラリーで開催されている。展自体の性格はアウトドアとは真逆のもの。スポーツをテーマとして、いや競技の世界をテーマとして活動を続ける多くのフリージャーナリストたちが選んだ一枚が展示されている。選手たちが見せる一瞬の表情やカメラでしか捉えることのできない瞬間のシーンは、確かに見る者を圧倒する。

 被写体も、王 貞治やアイルトン・セナ、具志堅用高にイチロー、浅田真央ーーーと、世界と時代を代表する超一流の選手たちばかり。でも、そこにいる田中陽希に違和感はない。

 だからこそ、彼の苦痛の表情が目に飛び込んできた。アウトドアというフィルターを持ち合わせていたゆえに印象に残っただけかもしれないが、なんだか競技の世界もけっして遠くはないんだなと感じていた。結局は、山もアウトドアもスポーツも、自己に向き合うための時間であり、時間の使い方なのかもしれない。

 ともあれ、この写真展は一見の価値がある。何を感じるかは、人ぞれぞれだとは思うけれど。

  
  

■日本スポーツプレス協会40周年記念報道展
「記憶に残る一枚 そしてTOKYO」

場所:キャノンギャラリーS/キャノンオープンギャラリー1、2
期間:〜8月22日(月)まで/ただし、日曜、祝日は休館/8月13日(土)〜21日(日)までは夏季休業
時間:10時〜17時30分 入場無料
主催:日本スポーツプレス協会 後援:スポーツ庁、日本オリンピック委員会

 
 
ライター
tetsu

山岳•アウトドア関連の出版社勤務を経て、フリーランスの編集者に。著書に『テントで山に登ってみよう』『ヤマケイ入門&ガイド テント山行』(ともに山と溪谷社)がある。

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