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世界自然遺産エリアに新規直営店「THE NORTH FACE/HELLY HANSEN 知床」が目ざす未来

(2019.05.20)

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 去る5月17日、北海道に新しいザ・ノース・フェイス ショップがオープンした。店名は「THE NORTH FACE/HELLY HANSEN 知床」だ。

 ザ・ノース・フェイスは国内に多くの直営店を出店している。その中でも白馬、ニセコ、石垣島の各店舗は「フィールドショップ」と位置づけられており、安全面はもちろん、文化的な側面からもアウトドアアクティビティを直接的にサポートしている。

 今回の知床もフィールドショップであり、国内では4店舗目となる。位置するのは知床横断道路のウトロ側ゲートに近い、知床自然センター内だ。知床国立公園内であるばかりでなく、マスプロアウトドドアメーカーが世界自然遺産エリア内に直営店を出すとは驚きだ。

知床自然センターとは、知床財団が運営するビジターセンターのこと。インフォメーションカウンターではさまざまな情報を発信し、安全に自然を楽しみ、その素晴らしさを未来に伝えるための知識とマナーの啓蒙も行っている。母体となっている知床財団は1988年の発足以来、環境教育や野生生物の保護管理・調査研究、森づくりなどをおこなってきた公益法人だ

【左上】カウンターにはレンジャーが常駐。知床を訪れるビジターに、その楽しみ方から利用のマナーまで、さまざまな情報を提供する 【右上】センター内に展示される熊の毛皮。「触ってみてください」とあるように、展示は身体で感じることを重視している 【左下】知床の開拓跡地を乱開発から守り、森林を再生するために行われた「100平方メートル運動」の展示。知床版のナショナルトラスト運動として評価されている 【右下】知床財団の活動は民間からの寄付で支えられており、そのサポートは個人から企業までと幅広い

 最大の興味は、なぜ知床なのか?だ。

 ビジネスを考えるならもっと人の多いところが良いだろうし、知床半島付け根の斜里町市街地であっても「知床」の名を冠することはできるだろう。仮にこのウトロ地区に出店するなら、国道沿いにピカピカのショップを新築して多くの観光客を迎え入れるという手もあっただろう。だが、そうはしなかった。

 なぜなら、ザ・ノース・フェイスは「アウトドアを、文化に」しようとしているからだ。

 そもそも今回の出店は、一人のTHE NORTH FACE アスリートの活動がきっかけになっている。写真家の石川直樹氏は七大陸最高峰登頂を果たした冒険家でありながら、東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程を修了した表現者でもある。石川氏はかねてより知床の魅力にひかれ、ここで多くの作品を生み出してきた。同時に廃校になる小学校の生徒たちによる卒業写真集の制作や、知床で開催する写真やアートのイベント「写真ゼロ番地 知床」の主催、そして知床のブランディング事業として進められる冊子「SHIRETOKO! SUSTAINABLE」の編集長を務めるなどして、地域との結びつきを強めてきた経緯がある。

 その石川氏が知床の魅力を熱く熱く、ザ・ノース・フェイスに語った。そうして、知床の自然を守り、未来に伝えていくためのサポートを提案したのだ。

【左上】オープン前日の5月16日には、地元関係者や報道機関を招いての内覧会が行われた。店内はこの日を待ちわびた、という人たちの笑顔に溢れていた 【右上】オリジナルTシャツなど、さまざまな製品にSHIRETOKOの文字が踊る。多くのビジターがこうした製品を通じて、知床への理解を深めることが期待されている 【左下】内覧会では写真家・石川直樹氏のスライドトークショーも開かれた 【右下】眼の前にあるフィールドで役に立つ。ラインナップはそんな目線でセレクトされている

 石川氏によると、ザ・ノース・フェイスを抱えるゴールドウインの首脳陣は「さすが!と思うほど、感度が高かった」そうだ。2018年5月末に知床を訪れ、石川氏を介して知床財団や斜里町のスタッフと会談。そこで行われていることが「アウトドアを、文化に」育て上げることだと感じ、ザ・ノース・フェイスとしてできることをやりましょう、ということにまとまった。つまり、この新店舗プロジェクトは初回ミーティングから1年を経ずして形になったのだ。それだけ多くの人が同じ方向を向いて物事を見つめており、これまでに地盤ができあがっていたということだろう。

 今回の出店は、ザ・ノース・フェイスが本気で知床の自然と取り組んでいくという強いメッセージだ。だからこそ、店舗はその保護の最前線に立つ知床自然センター内に設けられた。

 2008年にザ・ノース・フェイスが刊行した「THE EARTH BOOK」にはこんな文章が載せられている。

「メーカーというものは、物を売ることだけを目的にしていると、いつかは破綻してしまうのではないでしょうか。むしろ、物は、思想を広めていくための媒介物だと、私たちは考えています。だかこそ、良い物を作らなければならないのですし、それを支える思想を、きちんと伝えていかなければならないと考えています」

 ザ・ノース・フェイスは「THE NORTH FACE/HELLY HANSEN 知床」を通して、その哲学を形にしようとしている。

 だからこそ、扱うブランドはザ・ノース・フェイスだけにとどまらなかった。実はヘリーハンセンは長く斜里の漁業関係者にウエアを提供しており、極寒の海での耐久性や使い勝手についてのレポートを受け取っている。斜里の海で働く人たちにとって、ヘリーハンセンは身近な存在だ。そして、ザ・ノース・フェイスもヘリーハンセンも、扱いは同じ会社だ。そんなバックグラウンドがある以上、ここにヘリーハンセンの名前が連なることは斜里の人たちにとってはごくごく自然なことだったのだ。決して陸のTHE NORTH FACE、海のHELLY HANSENというビジネス的な役割分担ではない。知床の人たちが一緒にやろう、と声がけしたブランドが、たまたま同じゴールドウインという会社に属していた。このことからも、すでにアウトドアが文化として根付き始めている、その香りを嗅ぎ取ることができる。

【左上】知床自然センターの入り口には、熊とのコンタクトを避けるための注意事項が示される 【右上】知床自然センター周辺には、こうした電気柵も。ここはまさにベアカントリーなのだ 【左下】センター周辺の自然の美しさにはため息があふれるばかり。夏空に雪渓が眩しい知西別岳 【右下】オホーツクに沈む夕陽。プユニ岬展望台から

 である以上、「THE NORTH FACE/HELLY HANSEN 知床」は単なる小売店にとどまらない。ここには知床の魅力を発信する拠点としての役目も与えられているのだ。

 ショップでは知床財団と協力しながら、知床をまるごと体感できる興味深いイベントを予定している。一例を挙げれば、 6月は森づくりスタッフと「開拓の道」を歩き、7月は羅臼湖トレッキング。その後、定置網漁業の体験、アウトドアフィルムフェスティバル、紅葉トレッキング、スノーシュートレッキング、流氷ウォークなどなど。季節や自然の変化に合わせて、さまざまな角度から知床の美しさ、雄大さ、素晴らしさをアピールする準備が進められている。

 また店内には北海道産ミルクにこだわったカフェラテでも定評の「BARISTART COFFEE 知床」を併設。知床産の素材を使ったフードメニューも充実しており、散策や自然学習の間にも香り豊かなコーヒーでくつろぐことができる。

 決して大手アウトドアメーカーが、力にものをいわせて世界自然遺産の中に踏み込んできたのではない。「アウトドアを、文化に」という理念を形にするにはどうしたらいいのか、を真剣に考えている大人たちがいる。理想を描き、夢を実現するためにはどんな手続きが必要なのかを現実の中で模索する。そんな人達がたぎるような情熱を抱えたまま、柔らかな笑顔で手を取り合った結果がこの出店なのだ。

 ビジネスベースのトップダウンではなく、文化ありきのボトムアップで拠点を築いていく。「THE NORTH FACE/HELLY HANSEN 知床」の手法は、次に我々が選びとるべき未来の、サンプルになるかもしれない。

■THE NORTH FACE/HELLY HANSEN 知床店

北海道斜里郡斜里町大字遠音別村字岩宇別531番地
「知床自然センター」内
Tel. 0152-24-2410

営業時間:知床自然センターの開館時間内 [4月20日〜10月20日] 8:00〜17:30、[10月21日〜4月19日] 9:00〜16:00
定休日:年末年始

 
 
ライター
林 拓郎

スノーボード、スキー、アウトドアの雑誌を中心に活動するフリーライター&フォトグラファー。滑ることが好きすぎて、2014年には北海道に移住。旭岳の麓で爽やかな夏と、深いパウダーの冬を堪能中。

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