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ホーボージュン香港バックパッキング後編「森の驟雨と摩天楼」

(2016.05.02)

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Photo by Yuriko Nakao

日本もその一部である「アジア」を眺めてみると、
じつはまだまだ知られていない魅力的なトレイルが方々に……!
世界中を歩きめぐってきたサスライの旅人ホーボージュンが
そんなアジアへバックパッキングの旅へ出た。
前編に続き、一カ国目後編は香港のトンガリ山を目指す!

 

雨季の始まり
 目が覚めるとどしゃ降りだった。バケツをひっくり返したような、なんて形容ではてんで足りない。プールをひっくり返したようなひどい雨だ。

 しかたなく僕は出発を延期し、しばらく海風ストアで雨宿りをすることにした。

 海風ストアには20人ほどのハイカーが雨宿りをしていたが、みんなはのんびりチャーハンを食べたり、トランプをしたりしていた。彼らにとってはこんなの日常茶飯事なんだろう。

 僕はとなりのテーブルにいた若者グループに声をかけ、この先のトレイルの状況を聞いてみた。すると予想外の答えが帰ってきた。ステージ2も全面が石畳の舗装路なのだそうだ……。

「ここから北潭凹(パクタンオウ)までずっと舗装なの?」
「うん。ステージ2は階段もなくて全部スロープになってる。だから車椅子の人も気軽に遊びにこれるんだよ」
「へえ、それは素晴らしいね……!」

 口ではそう答えたが、僕はめちゃくちゃがっかりしてしまった。わざわざこんなところまで来て「遊歩道」を歩くなんて冗談じゃない。足元の登山靴が、背中の大型パックが泣いているぜ。

「じゃあ、こっちのトレイルはどんな感じなの?」

 僕は地形図を出し、シャープピーク周辺の登山道の様子を聞いてみた。

「えっ?シャープピークに登るの?」
「うん。そのつもりだよ」
「僕らも登ったことあるけど、こんな雨じゃとても無理だよ。頂上直下はすごくスリッピーで雨が降るとヌルヌルの川みたいになるんだ。これから天気はどんどん悪くなる。絶対にやめておいたほうがいい」

 まわりのハイカーもそうだそうだと口を揃える。雨はますます強くなり、遠くで雷の音がしていた。無理はできない。残念だけど今回はあきらめるほうがいいかもしれない……。

 暗い気持ちで1時間ほど待機し、雨足が弱まったところで再出発した。まあいいや。とにかく先に進んでみよう。

 遊歩道をトボトボと歩き出す。まわりは熱帯雨林のジャングルで視界が悪く、風がまったく通らない。ねっとりとした空気が身体にまとわりつき、レインジャケットがべったりと張り付いた。なんというか、ひとことでいうと「サイアク」な気持ちだった。
マクリホーストレイルのステージ2は全面が舗装整備されているため、香港市内から多くのハイカーが訪れる。大型パックを背負った登山者から傘をさした観光客までスタイルもさまざま。どしゃ降りの雨のなかをみんな楽しそうに歩いていた
 トレイルの脇には朽ち果てた廃屋が点在し、家具や電化製品などが無造作に転がっていた。香港がイギリスから中国に返還されることが決まったときに、このあたりの人は村を捨てイギリスに渡ったらしい。自由と繁栄を求めて本土から移り住んだ移民にとって中国共産党の影はきっと怖ろしく大きく見えたのだろう。

 そんなことを考えながら歩いていたら、とつぜん巨大な黒い影が僕の行く手を塞いだ。

「うわああああああ!」

 思わず飛び上がる。なんとそれは牛の群れだった。ぜんぶで10頭ほどだったが、せまい遊歩道を塞ぐようにしてノッシノッシとこちらに歩いてきた。

 僕は牛たちを刺激させないようにソオッっと道の脇によった。そのときだ。大きな雄牛が首をもたげ、正面から僕を睨んだのである。

「いやいやいやいや僕なにもしませんから。僕こうみえてもベジタリアンなんです。牛丼とかステーキとかビーフストロガノフとかぜんぜん興味ないし、いままで1回も食ったことないんです」

 しかし雄牛はじっと僕をにらみ続けている。ヤバイ。ロックオンされている。そしてハッと気がついた。僕は派手なオレンジ色のレインジャケットを着ていたのだ。

「いやいやいやいやセンパイ落ち着いて下さいよ。これは威嚇とかそーゆうんじゃなく、ほら、この雨でしょ?いくら南国だっていってもTシャツ1枚じゃ風邪引いちゃうじゃないすか。人間なんてその程度のよわっちー生き物ですよ。はははは」
 
「ンモオオオオーーーーーー!」

 巨大な雄牛が密林じゅうに響くような大きな鳴き声をあげた。ひええええええ~!思わず走り出しそうになったがグッとこらえた。牛でもクマでも野犬でもそうだが、相手に背中を見せて逃げるのが一番まずいのだ。
好奇心旺盛な仔牛がじゃれついてきた。鼻面を拳でゴシゴシ撫でてやると「もっともっと」とすり寄ってくる。動物の子どもはやっぱりかわええのお
 お願いですから落ち着いて下さいパイセン。僕は必死で牛をなだめながらなんとか群れとすれ違った。僕はてっきりこの牛は放牧されているのだと思っていたが、じつは農地放棄した農民が捨てていった牛が野生化した“ノラ牛”だそうだ。どうりで角を切ってないんだ。
僕が訪れたのは雨季の始まりで毎日雨が降った。森の中には小さな赤いカニがたくさんいた。森と海が交わる汽水域に棲息する独自種で、日本のアカテガニに似ていた

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ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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