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ホーボージュン令和元年のアジア旅! 「ヒマラヤの果て、雲の手前。〜幸せの国ブータンを旅する〜」後編

(2019.09.06)

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信仰の力って本当にすごい
人間の底力を思い知らされた
 第1展望台で馬を返すと、僕は狭い山道を歩き始めた。トレイルは良く整備されていて歩きやすかった。そこら中でインド人がセルフィーを撮っている。彼らの自撮り好きは日本人の比じゃない。とくに男たちの自意識過剰ぶりがすごい。まるで映画スターがグラビアを撮る時のようなポージングをするのだが、狭い山道でいちいちそれをされるとうんざりする。何十人ものインド人を抜き去り、40分ほど歩くと第2展望台に到着。そこからはタクツァン寺院が眼下に見下ろせた。「!」

 その光景を見たときには言葉にならなかった。あまりに神々しく奇跡的で、脳みそがうまく認識できないのだ。あんな断崖絶壁の上にどうやって登ったのか、どうやって寺を建てたのか、そして今もなお、僧侶たちはどうやってあそこで暮らしているのか、僕にはちょっと想像がつかなかった。やっぱりグルリンさんは虎に乗って飛んで来たに違いない。じゃなきゃあそこには立たないだろう。ブータン、恐るべし……。

「なんてことだ」

 茫然としたまま僕は一時間近く僧院を眺めていた。信仰の力というのは本当にすごい。人間の底力をまざまざと見せつけられる。これはインカ帝国のマチュピチュ遺跡でも、サハラ砂漠のトンブクトゥ・モスクでも、フランスのモン・サンミッシェルでも感じたことだが、“人の想い”というのはどんな困難な自然環境も乗り越えてしまう。そしてそうやって作りあげられた建造物は時代を超えて見る者の心を揺さぶるのだ。「早くしないと拝観時間が終わってしまいますよ」

 ソナムさんに急かされて、このあと僧院内部を拝観した。残念ながら院内の撮影は禁止されているので素晴らしい仏像も仏画も見せられないが、ここは十数年前までは外国人の立ち入りも許されていなかった聖地中の聖地である。ありがたくお参りさせて貰った。

 噂の“タイガーズネスト”にも入った。真っ暗な洞窟を垂直に降りていくようなリアルケービングで、自分の手のひらも見えないほどの暗闇に僕はビビった。洞窟は無音でとても寒かった。いまにも暗闇から巨大な虎が襲いかかってきそうで、早々に退散した。僕はタイガーマスクにはなれそうにない。

 僧院にはたくさんの小僧がいた。ガサ・ゾンにいたような子どもたちだ。ここでもキラキラと澄んだ瞳が印象的だった。大聖人グル・リンポチェの仏像の裏でバターランプを作っていた子が、お経を唱えながらこっそりクッキーを食べていたのがおかしかった。
 

一夫多妻に多夫一婦
ブータンのユニークな結婚事情
 今回の旅ではほんとうにたくさんの仏教寺院を訪ねた。首都ティンプーのメモリアルチョルテン、ティンプー大仏、キチュラカン、パロ・ゾン、プナカ・ゾン、そして国王や大僧正の座所でもあるタシチョ・ゾン。どこも荘厳で、静謐で、心が洗われるような場所だった。ソナムさんはすべての仏閣と仏像の前で五体投地の祈りを捧げ、長い長いマントラを唱えた。僕は日本式に手を合わせ頭を垂れた。

 参拝と参拝のあいだにソナムさんはブータンの古い言い伝えや伝統文化について教えてくれた。僕は初めて知ったのだけど、ブータンは性や結婚に対してはオープンな国で、夜這いや浮気はよくある話だそうだ。ちょっと前までは一夫多妻が当たり前で「ブータンの田舎では女姉妹をまとめて嫁に貰うのがしきたりだったんですよ」とのこと。じっさいに前国王は4姉妹を一度に王妃にめとり、そのあいだに5男5女をもうけた。現国王は第3王妃の長男だ。 またその逆にチベットやブータン北部では一妻多夫の家族が多く、強い女性は男兄弟を全員まとめて夫にしているそうだ。これには結婚と分家による財産の散逸を防ぎ、ひとつの家族の中に家畜やお金をまとめておけるという経済的側面もあったらしい。

「でも今の国王は10歳年下の美しい王妃を心から愛していて、自分は生涯他に妻はめとらないと宣言したのです。これをきっかけに若い人たちのあいだでは複婚の習慣がなくなろうとしています」

 ソナムさんはなぜか残念そうだ。

「ソナムさんは奥さんはひとりなの?」
「はい。でもガールフレンドはいますけどね。えへへ」

 さすがはちんこの国。みんな絶倫なのだ。
 
 
農家にホームステイし
シアワセについて語り合った
 ブータン7日目には、パロ郊外の農家にホームステイさせて貰った。古くて大きな豪農で、納屋にはインド製ジープとトヨタの小型車が収まっていた。かなり成功している一家らしい。
「この村に電気が通じたのは1962年でしたが、裸電球以外なにもありませんでした。炊飯器を買ったのは90年くらい、テレビが映ったのは2000年代に入ってからです」と農家のお母さんが教えてくれた。彼女が初めてテレビを見たのは35歳の時だったそうだ。

 ブータンでは1999年までテレビが禁止されていた。西洋的な価値観の無軌道な流入を国が制限していたのだ。ところがスマホの普及によって状況は激変した。お堅い国営放送など見なくても手元のスマホで最新の(そして俗悪な)映像がいくらでも見られる。いつでもどこでも歯止めのない欲望に身を委ねることができるのだ。 数日前に訪ねた首都ティンプーではその傾向が見て取れた。ティーンエイジャーたちは歩道に座り込み、ずっとスマホをいじっていた。民族衣装を着用せずにギャング風の洋服を着ている子もいた。学校を出たのに就職がでず、裏通りでくすぶっている子も増えている。ナイトクラブでは違法ドラッグが流行っているという噂も聞いた。いつまでも“おとぎの国”ではいられないのかもしれない。

 それでも僕ら西側の人間からみたら、ブータンは無垢で、純朴で、高い志と希望に満ちた国だ。1972年のGNH宣言以来もう半世紀になろうとしているが「国民総幸福量」への国民の信念は揺るがず、いまも全員が目標にしている。そして実際に幸せそうな毎日を送っている。僕はもう30年間も世界各国を旅しているが、こんな国はブータン以外に見たことがない。 この日はソナムさん、セリングさん、そしてお母さんのディッキーさんと夜遅くまで話し込んだ。テーマは「幸せ」だ。なぜって、それを探しに僕はこの国へやってきたのだから。

 これはこの夜にソナムさんが話してくれた言葉だ。引用しよう。

「見てのとおりブータンは小さい国です。人も少ない。経済力もない。工場もない。近代的なモノはなにもない。でもブータンには世界中からたくさんの旅行者がやって来ます。高い公定料金を払って遠い国からわざわざやってくる。なぜでしょう? それは私たちの文化、伝統、そして自然を見たいからです。つまり文化、伝統、自然はそれだけで大きな価値がある。どんな産業も上回る宝物なのです。まずはそこに気づかなければなりません」

「また旅行者は私たちがどうやって生きているか、どうやって幸せに生きているかを知りたがります。でもこれは少し難しい。幸福とは内面的なものであってパッと見てわかるものではない。仏教的な人生観を理解する必要もあります」「たとえば私がなにか善い行い------困った人を助けるとか、老人に手を貸すとか、野良犬に骨を放ってやるとか------をする時、見返りやお金を求めません。なぜならそれは自分のためにしていることだからです。現世でいいことをすると、来世にそれが返ってくる。だからこれは施しではなく、自分への贈り物なのです。銀行預金みたいなものです。これはブータン人にとってはごく当たり前の感覚です」

「仏教の原則(原理、教条)は、あなたが誰かを幸福にすれば、あなたは幸福だ、ということです。そしてもしあなたが誰かを傷つけるとき、あなたは自分自身を傷つけていることになるのです。これが“因果応報”というものです」

「最も重要なこと、今夜みなさんに伝えたいことは、不幸というのは“欲望”だということです。仏教の言葉に“知足”という言葉がありますよね? 自分がすでに満ち足りていることを知るということです。もし自分が満足していたら、残りを満足していない人に渡せる。だけど世界の多くの人がそれをできないでいる。欲望に取り憑かれていつまでも満足できないからです。そこには幸せに通じる道はない」 僕はここで聞いてみた。

「アメリカナイズされはじめた最近の若者はどう思いますか? アメリカニズムというのは“欲望”そのものです。たとえば中国はこの十数年でとてつもない成長を遂げました。でもみんなが金のことばかり考えているように僕には見えます。もっとたくさんモノがほしい、もっといい暮らしがしたい。隣の人より大きなクルマ、大きな家、豊かな暮らしを……。まさに国全体が欲望に駆られているようです」

「億万長者になりたいのは判ります。あなた自身が決めればいい。もちろんあなたはそれを目指せる。上手くいけばお金を儲けることもできるでしょう。でも、けっして幸せにはなれない(笑)。なぜならお金と同時にたくさんの心配事や緊張が心に棲み着いてしまうからです。そして心の中に心配や緊張があると病気になります。そして病気になると幸せではなくなります。欲望に駆られている時、人は誰かに幸せを与えることを考えません。幸せを与えられない人はけっして幸せにはなれないのです」
「私は地球の未来に向かって最も大切なことは“教育”だと思っています。私は自分の子どもたちにできる限りの教育を施してあげたい。私はこれまで彼らに家を残そうとかクルマを買い与えようとか思ったことはありません。きっと子ども達もそれを期待したことなどないでしょう。でももし彼たち彼女たちがもっと学びたいというなら、PhDを取りたいたいとか、Masterをとりたいとか、海外留学をしたいというなら、私は全力でそれに応えます。私にはもうなにもいりません。なぜなら私は幸せだからです」

 そういってソナムさんは大きく手を広げた。それは何かを手放す時のジェスチャーに似ていた。まるで目の前の川に魚を放流するように、手の中の“欲望”をスルリと解き放った。僕の中でまた何かがストンと落ちた。

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ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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