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【低山ガイド】西のよい山ひくい山——彷徨う人へ、秘境の峰〜徳島県・塔の丸

(2018.11.17)

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 山ガールをはじめ、華やかで清潔感にあふれ、ハツラツとした人が増えた近頃の登山界。だがそんな状況に馴染めぬ人は? いまや絶滅危惧種、アクの強い「山のボヘミアン」はどこへ行くべきか……答えは四国の秘境にあった。

塔の丸(1713m) 徳島県三好市

 いつだって山は、現実からの避難所でした。そこでは、社会に馴染めない、でも、おもしろい人をよく見かけた。「きわめて愛想がない」「2週間以上風呂と歯磨きなしでも気にならぬ」「パンツは裏表の両面使い」などはあたりまえ。下山する登山者に食料と燃料を恵んでもらいながら夏の北アで暮らす人や、ヒマラヤでは無許可でこっそり登頂する人もいました。
ところどころで巨岩が露出する塔の丸。いくつかは千枚岩のような形状で、山頂直下のテラス状の岩などは特等席の眺め。写真奥のいちばん左のピークは剣山(1954m)。
 しかしこの時代、行楽シーズンの富士山や有名山域は都心なみの人また人。自然に親しむ人が増えたのはいいけれど、「自由気まま」では角が立つ都会的な窮屈さも増えました。魂の解放、自由、孤独を求める山のボヘミアンはどこへ逃げれば……というときにおすすめなのがこの塔の丸。なにしろそこは、源氏に敗れた平家が逃げ込み安住した秘境『祖谷』の山。あれから約800年を経てもなお、世間から隔絶された雰囲気は濃厚なのです。
祖谷地方の集落。平地で暮らしている人の感覚では「なんであんな不便なところに!?」。現在は谷の下のほうに幹線道路があるが、それ以前は山の尾根や中腹に生活道があり、人々は徒歩で移動していた。
 祖谷へは、車の同乗者に「吐かないでね」と願いながら峡谷の道を行くこと約1時間。囲むようにそびえる山々には小さな集落が点在し、民家の多くは急な山肌に建っています。塔の丸はさらにその奥、剣山(四国第2位の高峰で日本百名山)を頂点にした山系にある。
見晴らしのいい尾根が続くこのトレイルでは、色とりどりの秋に出会う。
 当然ながら、ここまで来た人の多くは剣山へ。しかし、剣山系ならではの「たおやかにどこまでも続く笹原の尾根歩き」や「ケモノ道のようなトレイル」「秘境感」は塔の丸のほうが上。また、「もう、頂上なんてどうでいいよね~」という登山らしからぬ感覚になれるのもこの山の特徴です。搭の丸では大自然を彷徨うことが楽しく、頂上を制覇してもさらに歩きたい気分になる。
シカの踏み跡(画像の右あたりの山肌に見える)と同じような搭の丸のトレイル。足元が見えない箇所も多いので、足首をしっかり守る靴がオススメ。
 約800年前、平家の落人たちも彷徨いながら、笹原の尾根伝いにこの秘境へとやってきたのでしょう。落人たちは、「戦に敗れ、山奥に追いやられ無念」と下を向いていたのだろうか。それとも雄大な山並みを前にして、顔をあげ、希望を宿した眼で彼方を見ていたのでしょうか。
登山口からしばらくは、ウラジロモミが優勢な林のなか、塔の丸主稜線の北側をトラバースしながら緩やかに登っていく。この区間、秋の遅くに不意な積雪で氷結することがあるので、軽アイゼン持参のほうが心強い。
 歩き続けた私は、笹原のケモノ道に迷い込み、ミズナラやダケカンバ、ウラジロモミが入り混じる広場に導かれました。ときは斜光の夕刻。木々は長い影を落とし、秋色の葉の輝きは大気も染めていきます。ここでしばらく暮らしても、誰にも気づかれないだろうなと思いました。秘境の山並みは、平家の落人と同じように、現代のボヘミアンも受け入れてくれるにちがいない。
搭の丸は、紅葉を見おろして楽しむ山だ。笹原との色の対比がうつくしい。
 



地図製作=オゾングラフィックス

■搭の丸(1713m)
 国土地理院地図には塔丸と記載。剣山国定公園にある雄大な山並みで、頂上に立つより、大自然を彷徨う喜びに包まれる峰。頂上や尾根はシコクザサに覆われている。生息数はきわめて少ないもののツキノワグマの生息地。大型哺乳類ではシカやニホンカモシカなども。秋から冬にかけては訪れる人がとても少なく、平日であれば山を独り占めすることもめずらしくない。

■山行コースガイド
〈歩行計=3時間40分〉 夫婦池(2時間)塔の丸(1時間40)夫婦池

 トイレ(女性は躊躇しそうな雰囲気)は夫婦池の南側の車道に。水場なし。アクセス/徳島自動車道美馬ICから車で約1時間。またはJR貞光駅から剣山登山臨時バスでラ・フォーレつるぎ山下車。運航期間や運航日限定なので、詳細はつるぎ町webサイトへ。該当地図は山と高原地図「56石鎚・四国剣山 東赤石山・三嶺」。

 
 
ライター
大村嘉正

四国の瀬戸内海暮らし。仕事は自然・旅系ライター&フォトグラファーで、生きかたはバックパッカーでリバーランナー。著書はラフティングガイドたちの1年を追った『彼らの激流』(築地書館)。

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