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【がんばれフェスおじさん 3】めざせ!! 日本2位の頂を。北岳チャレンジ1日目〜広河原-北岳山荘〜

(2019.10.25)

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なぜ北岳だったのか。

 令和という時代に変わり、新しいことにチャレンジしようとしている人が多いという話を聞いた。若い世代ではなく、むしろ50代以上の男性に多いという。自分ではまったく感じていなかったけれど、心の奥底に「新時代」というものへの何らかしらの希望があったのかもしれない。

「がんばれフェスおじさん」の第3弾となるアウトドアチャレンジを山登りにしたい。そう口にしていたのは春先のこと。自分では、高尾山や丹沢などの身近にある山を想定していた。まずは日帰りで山に触れ、森の中を歩くことの楽しさや気持ちよさを受け入れていきながらステップアップしていく。そんな気持ちだった。

今回のメンバーはキャンプよろず相談所スタッフのTちゃんとAkimama編集部のKK、そしてカメラマンも務めるTMとフェスおじさんの4人。

 ある日、Akimama編集部でこんな話があった。

「低山でも高い山でも、結局は登る高さは1,000mくらいなんですよ。3,000mの山であれば2,000mまでは車で行ける。だったら、山頂に行ったという達成感を得るためには、森林限界を越える山に登りましょうよ」

 思考が単純なフェスおじさんは、その言葉を鵜呑みにしてふたつ返事でオーケー。そしてフェスの日程や気候、山登りの難度などを検討して、9月中旬に北岳に登ることになった。北岳に登りたいというこだわりが特にあったわけではない。だいぶ前にSPECIAL OTHERSのギタリストである柳下武史(ヤギ)から北岳に登ってすばらしかったという話を聞いて、うらやましく思った程度だ。

広河原から北岳山頂への登りは大樺沢沿いの左俣コースで。

 今まで登ったことがある山といえば富士山と高尾山くらい。富士登山は10年近く前のことだ。フェスで1日に何kmも歩くことがあるから、平地を歩くことに対してはある程度の自信はあるものの、登りとか下りになるとまったくの苦手。駅の階段さえ基本はエスカレーターを使う。10年前の富士山のときだって、強風のなか心臓がバクバクした思い出が強く残っている。日本2位の高さを誇る北岳登山のことをもっと深く知れば、まちがいなく尻込みしていただろうけど、同行してくれるAkimamaスタッフを信頼して、まったく予備知識を入れずに北岳に向かうことにした。聞いたことといえば、着ていくウェア類や持っていくアイテムのことくらい。テント泊になるということさえ、出発の数日前に聞いた。さかいやに実際に行って、アドバイスを受け、フェスで使っているもの以外で足りないと思えるものを購入。Akimama編集部に借りられるものは借りた。そして、いよいよ北岳に行く当日になった。

 フェスに行く際も、持ち物リストを作って、チェックしながら忘れ物がないかを確認していくのだけど、北岳登山でも同じようにリストを作ってチェックしていった。フェスならば、足りないものがあったとしても何とかなることも多いけど、3,000mを超える山となるとそうは問屋が卸してくれない。

さかいやで教えてもらったように、かかとをしっかり固定させてトレッキングシューズを履く。

 さかいやのアドバイスとしては、持っていくものをできるだけ軽くすること。フェスでも使っている自分のアイテムは上下のレインウェア、フリースジャケット、ストレッチパンツ、ヘッドランプ、水筒、帽子、トレッキングシューズ、ザックカバー。さかいやで購入したものは、化学繊維のTシャツ、サングラス(メガネに装着するタイプ)、手袋、スタッフバッグ。Akimamaから借りたのがインナーダウンの上下、シュラフ、マット、ストック、ヘルメット。スタッフバッグのなかには濡れた場合のTシャツ、パンツ、ソックスを入れた。あとは行動食と朝ごはん用としてカップ麺とカメラとメモと筆記用具。今回のメンバーは4人。2人がAkimama登山部の達人で、フェスでのよろず相談所の女性スタッフTちゃんとフェスおじさん。Tちゃんとフェスおじさんは登山初心者だ。4人がひとつのテントでみんなで寝ることになったから、テントは持たず。35ℓのザックで十分に間に合う量だった。

1,700mも登る。

広河原から見えた北岳山頂。ここまで本当に登れるの? という思いが心のなかでうごめいていた。標高1,500mということもあり、歩きはじめは樹林のなか。

 北岳登山の起点となる広河原に向かうバスが出る芦安まで車で行き、朝一番のバスを待った。なるべく早い時間に登りはじめるのが余裕が持てていいらしい。ザックの荷をもう一度確認して、5時半の始発バスに乗った。

 広河原からこれから登っていく北岳の山頂が見えた。天気はすこぶるいい。絶好の登山日和なのだろう。水をもらいにインフォメンションセンターへ。広河原標高が1,520mと出ている。事前に北岳のことを調べていないとはいっても、北岳は3,200m近いことは知っている。ということは、1,700mも登るってこと? 聞いていた1,000mよりも、スカイツリーひとつ分も登り下りがあるってことじゃないか。

「一歩一歩、足を進めて行けば、いつか必ず登れますから」

 Akimamaスタッフの言葉だったけれど、北岳の神様がそう言ってくれているような気がした。1日目の目的地である北岳山荘までは、コースタイムとしては6時間。休憩を考えても、一歩一歩進むことができたのなら14時、遅くとも15時には到着するはずだ。これからどんな風景が待っているのか、どんな体験ができるのか。不安がまったくなかったわけではないけれど、その不安を払拭してくれるような自然の豊かさが目の前に広がっていて、導かれるように山に入っていった。

花の最盛期は過ぎているのだろうけど、道沿いでさまざまな花やキノコが出迎えてくれる。

 まずは二俣を目標に歩きはじめた。朝日が森の中に差し込んできて美しい。道沿いで見つける小さな花を咲かせている高山植物たちにも目が向く。都市から自然に入ったばかりで、すべてが新鮮に入り込んでくる。歩きはじめてすぐに汗が吹き出てきたので、フリースを脱いでTシャツになった。

 大樺沢沿いを上がっていく。前夜まで雨が降っていたこともあって、滑るところも少なくない。遠回りでもいいから歩を広く取らずにゆっくり。そんな歩き方のコツを教えてもらったり、赤の印がルートであること、汗で体を冷やさないこと、高山病にならないように水を飲むことなど山のルールを教えてもらったり、歩くという単調な行為のなか、少しずつ山のことを知ろうとしている。木や花の名前や特徴を知っていたら、山歩きの楽しみはさらに増すのだろう。

小枝や岩に記された「赤」の目印。ここがルートだと教えてくれる。

 標高も少しずつ上がっていることを木々が教えてくれる。木の背が徐々に低くなっている。沢を渡るときには、これから向かっていく雪渓や稜線が見えた。歩きはじめてわかったことだけど、山の景色は近そうでいて遠い。都市での日常とは距離感がちがうというか、すぐそこに見えていて数分でいけるだろうという距離が1時間近くもかかったりする。水平軸と垂直軸のちがい。一歩が短いし遅い。距離と同じように、時間に対しての体内感覚も日常とはずれてしまっているように感じる。むしろ都市にいる日常こそ、時間や距離感が肉体からずれてしまっているのかもしれないのだけど。

背丈の高い木から背丈の低い木へと周りの樹木が変化していく。自分が見えている風景が変わっていくことも、山登りの大きな魅力なのだろう。

「遠くないものを歩く目標にするんです。そこまで行けば、また次の目標を立てる。そうすれば気分も楽ですから」

 たしかに稜線も山頂らしきものも、はるかに遠くに感じられる。北岳の山頂は、後ろにそびえている鳳凰三山よりも高い。2時間を目安に休憩を入れていく。ザックを置いての休憩だけではなく、水を飲んだり行動食を口に入れたり、休憩とは言えない立ち止まってしまう時間も次第に増えていった。歩きはじめた頃は歩みとともに口も快調だったけれど、言葉がなかなか出てこなくなっていた。

「小さくても、ゆっくりでもいいから、休まずに一歩ずつ前に」

 わかっているのだけど、それがなかなかできない。前への一歩が出ていかない。

 雪渓の横を歩く。見晴らしがいい場所だったからか、目標としていた場所へもなかなかたどり着かない。この雪渓のあたりが、初日の疲れのいちばんのピークだった。

疲れのピークの先に。

後ろに見えるのが鳳凰三山。出発点の広河原も見える。北岳バットレスも間近に迫っている。

 すれちがった人がこんなことを言っていた。

「あと少しで、このコースのクライマックスですよ」

 稜線に出る八本歯のコル直前のハシゴが見えてきた。クライマックスとは、そのハシゴ道とのことだ。地獄のハシゴという人もいるらしい。たしかにハシゴを登る一歩一歩が重くなっていたけれど、ハシゴという一歩の幅が決まっているし、次の一歩をどこに置くのかを考えなくていいからなのか、自分ではそんなに苦ではなかったように感じる。横を見ると、あれほど遠くに見えていたバットレスが間近にある。遠くから見上げていた姿以上に、雄々しく見えてくる。

八本歯のコルまでの「地獄のハシゴ」。ハシゴがいくつあるのか、最初は数えていたけど、途中で数えることが億劫になってしまった。それだけ続いている。

 八本歯のコルに上がったときは、大きな達成感を感じた。今まで見えていたこちら側ではなく、見えていなかった向こう側が見える。向こう側がどんな景色が待っているのか。山登りではそれを求めているような気にもなった。

 時間を確認する。すでに14時半。登りはじめて7時間半。予定では北岳山荘に到着し、山小屋にあるという生ビールで乾杯している時間だ。まだここから北岳山荘までは、1時間以上もかかる。新しい風景を見られた満足感よりも、まだ先があるという使命感が優っていた。

夕暮れまで時間がない。

八本歯のコルから北岳山荘へ。稜線だから風が強い。雲も下から湧き上がってきている。切り立った場所も多いから、足元に注意しながら歩いた。

 八本歯のコルからは稜線を少し歩く。今までは上をめざしていたから、自分たちが高いところにいるという実感は少なかったのだけど下が見える。山の傾斜をトラバースしている道もある。そんな場所など、ちょっとでも気がぬけて道を踏み外してしまったのなら、滑落してしまうかもしれない。風も強くなっているし、自分に叱咤激励しながら歩いた。

雲の合間から山荘やテントが見えてきた。あと少しでビールが待っている。

 少しずつ暗くなって夕方が近づいている。あんなに見晴らしがよかったのに、雲も多くなって視界も悪くなってきている。「あとどのくらい?」という質問をしたかったけど、聞くことは我慢していた。まだまだという返事を聞きたくなかったから。

 歩くペースを上げようと思っても、まったく上げられない。「一歩一歩」。この言葉を何度口にしただろうか。長い下り坂の先に、山荘とカラフルなテントが見えてきたときの、なんとも言えない感覚。そしてついに初日の目的地、北岳山荘に到着した。17時近くになっていた。

登りはじめたのが7時。設定タイムの1.5倍の時間をかけて北岳山荘にゴール。

 歩きはじめてから10時間。時間も肉体もギリギリ。ナルゲンボトルに入れた水も、飲みきっていた。

 テントを張って念願の生ビール。ところがシーズンが終わりに近いこともあって、生ビールの販売は終わってしまっていた。冷えた缶ビールは売っていた。缶ビールだって大歓迎。みんなでカンパーイ。ビールが身体に染み込んでいく。うまーーい。

 作ってもらった煮込みラーメンを食べて、シュラフに入って横になっていたら、そのまま深い眠りについてしまっていた。

夜になると雲も晴れ、満天の星空になったらしい。実はこの時間、すでに爆睡中。

【つづく】

《撮影日:2019/9/19》
(写真=宮川 哲、協力=コロンビアスポーツウェア)

 
 
ライター
菊地崇 a.k.a.フェスおじさん

フェス、オーガニック、アウトドアといったカウンターカルチャーを起因とする文化をこよなく愛する。フェスおじさんの愛称でも親しまれている。

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