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【DISCOVER JAPAN BACKPACKING】 古来からの姿が残る、花の山へ。 白山・前編

2018.07.27 Fri

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麻生弘毅

麻生弘毅 アウトドアライター、編集者


 日本人に親しまれてきた山、その魅力を見つめ直す、「DISCOVER JAPAN BACKPACKING」。第二段の舞台は、奈良時代に開山されたという古い歴史を持ちながら、山本来の姿を色濃く残す、白山。そんな白山の麓に、自身のルーツを持つ山岳ガイド・旭 立太さんによる案内のもと、花の名山をたずね歩いてみました。


 

 満天の星空のした、ぼくらは準備を進めていた。

 時刻は午前3時30分。

 7月下旬、連日、日本中をじりじりと焦がしている記録的な猛暑だが、さすがにこの時間に牙を剥くことはない。

 ヘッドライトをつけて地図を取り出し、コンパスをポケットに収める。そうしていながら、どうしても星空が気になり、電源を落として宙を見上げる。

 通常、星を眺めるならば、空気中の水蒸気が少ない冬場がよいとされている。真夏のこの時期に、これほどの星が楽しめるとは。そして、最後にこんな空を見たのは、いつだっただろう―――

「それじゃあ、出発しましょうか!」

 こちらの未練を汲み取ったかのように、景気よく声をあげるのは、山岳ガイドの旭立太さん。母方のルーツが奥美濃は白鳥にあり、白山信仰が根付いた暮らしに幼い頃から接していた。10年前、山岳・バックカントリーガイド「Rhythm Works」を立ち上げるにあたり、おもな活動の拠点を白山山系に求めたのは、そうした経緯があったという。

「もしかすると、高山植物を見る、最高のタイミングかもしれませんよ」

 白山に造詣の深い山岳ガイドは、我がことのように嬉しそうに笑いながら、先頭を歩きはじめた。
別当出合から観光新道を登って、尾根たる白山禅定道へ。歩みを進めるごとに、闇に塗りつぶされた夜がほころんでゆく。
 日本百名山であり、霊山として、富士山、立山と並んで三名山のひとつに称される白山。その歴史は古く、奈良時代の717年、越前の僧侶・泰澄によって開山されている。ちなみに、三山はいずれも古くから山岳信仰の対象であり、日本の登山は西洋のアルピニズムとは根を異にしている。

「そういう意味では、古くから人々に親しまれた山であると同時に、1962年と比較的早い段階で国立公園化されたため、ほかの山に比べて開発の手があまり入っていないんです。人の暮らしに馴染み深い一方で、山本来の姿を残している……そんなところが白山の魅力でしょうか」

 のっけからの急登を忘れさせようという配慮だろうか、問わず語りに、興味深い話をぽつりぽつり。開山1301年目の夏、見上げる空は、先ほどまでの張り詰めた闇が少しほころんで、東の空が薔薇色に染まりつつある。

 ぼくらは、多くの人が歩く比較的イージーな砂防新道ではなく、勾配のきつい観光新道から稜線にとりついていた。東の空を見上げ、何度もうなずく様子を見ていると、彼は日の出をどこで迎えるのべきかを考えていたに違いない。さすが、「アサヒ」さん!
御舎利山から別山へと続く尾根の向こう、光したたる太陽が出番待ち。なにかいいことが起こりそう……。
 御舎利山(2390m)へと続く稜線から気配を表す光の塊は、ゆっくりと、確実に膨らみはじめている。夜明けは風を引き連れてくるのだろうか、ふわりとひと吹き撫でられると、足元の草が揺れ、薬草のような香りが立ちのぼる。それと同時に登山道の左右を彩る、鮮やかな紫に目が留まった。

「シモツケソウ、です。線香花火みたいですよね」

 彼女を皮切りに、左右の斜面には色とりどりの花が現れた。

 イブキトラノオ、キヌガサソウ、ヨツバシオガマ、ミヤマシャジン、タカネナデシコ、リュウキンカ、ミヤマキンポウゲ、エンレイソウ―――

「この紫色のかわいいやつがハクサンフウロで、こっちがゴゼンタチバナ。“ゴゼン”は白山御前峰(2702m、白山の最高峰)にちなんでいるそうです」

 そして、頭に「ハクサン」の名を冠する植物は和名で18種、別名などを入れると30種にものぼる。しかし、これは固有種を示すものではなく、古くから花の山として知られた白山で、採取標本が進められた結果だという。

「いわゆる国内の高山帯の最西端に位置するため、白山を分布の南限、西限、そして北限にする植物が多い。古くから信仰の対象だった白山には登路が拓かれ、多くの植物学者が訪れていたことが、ここにちなむ名の植物が多い理由とされています」

 明けきらぬ斜面には、太陽を待つニッコウキスゲの黄色い大群落が。朝咲いて夜枯れてしまう、「一日花」という宿命を持つニッコウキスゲ。これだけの量を今日、咲かせてしまって、明日以降は大丈夫かと心配になるが、よく見ると、ひと株にはつぼみが5つほどあり、ほころんでいるのはひとつだけ―――命を紡ぐことを第一義にしている自然には、いつだってかなわない。

 足元の花に目を奪われていると、見晴らしのよい尾根に立つ殿ヶ池避難小屋が現れた。素朴で堅牢なつくりが、バートンの『ちいさいおうち』を思わせる。水場がないので、不人気なのかもしれないが、見晴しはよいし……などと考えながら中をのぞくと、シュラフにくるまり目を覚ました外人さんと視線が合う。

 早起きを至上とし、実際、午後は天気の崩れることが多い日本の山。けれども、海外のハイカーは午前中のいちばんよい時間を、読書やお茶に費やしたりする。「早く行かなきゃ、雨が降るよ!」と他人事ながらやきもきする一方で、余裕のある山との付き合い方がが羨ましいのも正直なところ……次に来るときは、ここで朝をゆっくりと楽しんでみたい。
イブキトラノオとニッコウキスゲ、ハクサンフウロの合間を、「ごめんよ」とばかりに歩いてゆく。あたりにはやわらかな花の香りが……。
室堂までに出会った美人さん。シモツケソウ、イブキトラノオ、キヌガサソウ、ハクサンシャジン、タカネマツムシソウ、シナノオトギリ、タカネナデシコ、シナノキンバイ。
 馬のたてがみを過ぎると、稜線に隠れていた太陽が完全に顔を出した。「花の白山」が本気を出したのか、足元はいよいよとりどりの花が咲き乱れ、気づけば花の香りに包まれている。太陽は、顔を出すなり、遠慮も会釈もなく、ぎらぎらと照りつける。まいったなあとうつむいた先では、少女漫画の世界からやってきたかのようなタカネマツムシソウが、にこにこと笑っている。長身痩躯のオトコマエは「早く出てきて正解でしたね」と言い、同じようににこにこ笑った。

 砂防新道との合流点である黒ボコ岩を越えると、しだいに登山者の姿が増えてきた。そうして木道の敷いてある弥陀ヶ原をとことこと歩いてゆくと、突然といった感じで、ビジターセンターをはじめとした立派な建物が居並ぶ室堂に到着した。正面には標高差250m、お椀のような御前峰がどどーんと立ちふさがっている。頂の山際には鳥居があり、あれが、全国で2700社以上あるという「白山神社」の総根元社である白山奥宮なのだろう。

 登山口の別当出合からここまで稼いだ標高は1190m。残りわずか250mというべきか、それとも……。

 思案にあぐねて人混みを離れ、ビジターセンターの裏へ。南の空には別山(2399m)、三ノ峰(2128m)、銚子ヶ峰(1810m)へと続く美濃禅定道。石徹白から白山へと続く自然豊かで静かな山道は、旭さんのおすすめルート。今回はそこを縦走するつもりだったが、折からの台風で断念していた。それは、彼のルーツと白山をまっすぐに結ぶ山なみでもある。

 旅にあって、次の旅を思うこと――。
 しばし地図を眺めて、空想の海を泳ぐ。

「行きましょーか」という声に呼び戻され、「よっしゃ、締まっていこう!」とこたえる。そうして、2702mの山頂に向かって歩きはじめた。

馬のたてがみを過ぎ、ようやくお日様が顔を出す。花たちがいきいきと輝きを増す。
弥陀ヶ原の向こうに続く山なみが、御舎利山や別山へと続く美濃禅定道。
ようやくたどり着いた、白山室堂。ビジターセンターは宿泊棟や軽食を用意したレストランが設置されている。
室堂にある白山奥宮祈祷殿にお参り。その向こうが白山山頂。
 

後編に続く!


 

●今回使用したバックパック

グレゴリー/パラゴン48
¥28,080(税込み)

容量:48ℓ
重量:1.45kg
最大積載量:18kg

 ミニマムな1泊登山の装備を快適に収めるだけでなく、バリエーションルートなど、よりチャレンジングなフィールドでもホールド感を保ち、バランスよくフィットする人気モデル。「昨年の誕生以来、愛用しています。グレゴリーが優れているのは、なんといってもショルダーハーネスのフォルム。スノーボードで怪我していることもあり、首回りの違和感が肩凝りに直結するのですが、グレゴリーの各モデルにはそれがありません。パラゴンはとくにフィット感に優れていて、クライミングハーネスを付けるときなど、ヒップベルトを締めなくても、心地よく背負うことができるほど(笑)。腕まわりの自由度も大きいうえに、荷重分散、バランスに優れているので、テクニカルなバリエーションルートであっても、行動時間が長いときは、登攀系のモデルではなくパラゴンを選ぶことが多いです」
雨蓋を締めるストラップは、外してもばらけないよう処理されている。強風時には、こうした細かい配慮が大きな差に。
フロントの大きなメッシュポケットは、ウインドシェルなど、使いたいときにすぐ取り出したい道具をしまうのに便利。
2段になった雨蓋のポケット。鍵や財布など、細かな道具の収納に最適。
今回の参考のように、道具が少ないときは雨蓋を収納して使用できる。そんなとき、2段になったストラップが荷物をしっかり引き寄せることで、ホールド感を高めて体にフィット、パックが振られることがない。
ハイドレーションホースを留めるクリップ。確実に作動し、ストレスがない。


旭 立太(あさひ・りゅうた)
1977年岐阜県生まれ、山岳ガイド。バックカントリースノーボードをきっかけに山の虜に。2008年に自身のガイドカンパニー「Rhythm Works」を立ち上げる。縦走からバリエーションルート、沢登りからバックカントリーライディングまで、幅広い山の魅力を伝えてくれる、マルチな山の案内人。
http://www.ne.jp/asahi/rhythm/works/

 

【撮影=三枝直路】


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