- 山と雪
北海道で話題の登山道「愛山渓・松仙園ルート」が14年ぶりに復活。今年、行っておきたいルートをさっそく歩いてきた
2020.09.06 Sun
さとう アウトドアショップバイヤー
旭川からいちばん近い距離にある大雪山(だいせつざん)の登山口「愛山渓(あいざんけい)」。ぼくの自宅からも近く、車で1時間ほどのところにある。山に行きたくなったらすぐにいける距離にあり、年間を通してもいちばん通っている大好きな登山口。
この山域は北海道のハイカーであればみながあこがれる急峻な岩山「愛別岳(あいべつだけ)」をはじめ、絶景の稜線歩きが楽しめる「永山岳(ながやまだけ)・安足間岳(あんたろまだけ)・比布岳(ぴっぷだけ)」の縦走コース、そして北海道第2位の標高を誇る「北鎮岳(ほくちんだけ)」と魅力的な山々が並ぶ。どの山もコースタイムが10時間以上と上級者向けであるが、途中、手軽に沼めぐりが楽しめる「沼ノ平」もあるため、気分次第でバリエーションに富んだルートを計画できる人気の登山口だ。
登山口にある愛山渓倶楽部。大正より続く温泉宿であり、宿泊はもちろん、日帰り入浴で100%源泉かけ流しの温泉を楽しむこともできる。
この愛山渓から入山できる登山道のひとつの松仙園(しょうせんえん)ルートが今年14年ぶりに復活した。
現在、山と高原地図では破線となっており登山道としては難路。いちおう、登山道として表記はされているが、通行止めの看板が設置されていたこともあり、しばらくのあいだ、事実上の廃道となっていった。その道が今年、地元の団体による笹狩りや登山道の整備によって期間限定(7/14~9/30の間)で通行が可能となった。
今回の復活まではあまり知られていないルートであったが、年配のハイカーのあいだではだれもが知る有名なルートで、初心者、上級者問わずに定番で人気があったという。
大雪山の難易度の目安 “大雪山グレード” では4(大雪山のきびしい自然に挑む登山ルート)に設定されている。岩の大きな段差や、ぬかるみ、沢の渡渉など大雪らしい起伏に富んだトレイルではあるものの、装備さえしっかりしていれば特段むずかしいルートではなく、体力的にも登りが少なく初心者でもかんたんに歩けるルートである。
この松仙園ルートはここ最近、SNSでも話題となり、北海道ではいまいちばん注目のルートとなっている。山頂はひとつも踏まないが、すばらしい景色の湿原の中、整備された歩きやすい木道を歩くルートは、思い立ってすぐに行ける山歩きとして最高だ。とくに女性へおすすめで、景色を楽しみながらのんびり歩ける、まさにトレッキングにふさわしいルートである。
早速、行ってみたら期待通りのすばらしいルートだったので詳しく紹介していきたい。
まずは愛山渓温泉から入山。三十三曲登山口の標識から右へ入り歩き出す。松仙園登山口までコースタイム20分の林道歩きとなる。
林道は広く歩きやすい。ヒグマの目撃情報も多い。ヒグマ対策は松仙園ルートのルールのひとつとして設定されているので熊鈴は必ず持っていこう。ベアスプレーも携帯すると安心だ。
じつはこのルート、いくつかルールが設定されている。
まずはヒグマへの対策だ。ヒグマの目撃情報も多いエリアだけに入山時には十分に注意したい。環境省のホームページでも注意喚起がありルールとなっている。
・鈴や笛を必ず携行する。
・集団で行動し、残飯、ゴミなどは必ず持ち帰る。
・ヒグマに出会っても走って逃げない。ヒグマから目をそらさずにゆっくり後退し、離れるように。
・写真をとるために近づくことや、フラッシュを使った撮影は危険。
(環境省ホームページより抜粋)
コースについてもルールが設定されており、基本的に登りは一方通行のみで、緊急の場合を除いて八島分岐まではUターン禁止となっている。登山による歩道や植生の荒廃を最小限におさえるためのルールなのでしっかりと守りたい。
松仙園登山口まではなだらかな下りで気持ちがいい。下りスタートは準備運動にちょうどいい。すぐにうっすらと汗ばみだした。しばらく踏まれていなかった林道は人の気配がなく、なんとなくほかの林道とはちがう雰囲気で原始的な感じがした。朝の山の空気は澄んでいて、晴れていたこともあり爽快だ。
体があたたまってきたころ松仙園登山口へ到着する。
きれいな看板とゲートが設置されていた。看板にはコースMAP、大雪山グレード、ルールの説明が書かれている。
松仙園登山口にはブラシが設置されている。湿原に外来種の種を持ち込まないよう靴底の土をブラシできれいに掃除するというルールも設定されている。こうした環境への配慮をしっかりルールとして設けている登山道はあまり多くはない。原生的な自然を守っていく意味でも大切にしていきたい。
しばらく人が入っていなかったため、登山等はシダやコケなどで緑が多く幻想的。
ブラシで靴底の土を落としたらいよいよ登山道に入っていく。ここからは登りが続く登山道となるが、登り一辺倒ではなくフラットな道も多いので、体感としてはそんなにきつくは感じない。登りらしい登りはこの登山口から松仙園までのコースタイム1時間30分のセクションだけなので、ここさえがんばればあとは楽に歩ける。登りが少ないのもこのルートのいいところで、女性や初心者に向いている。
登山道に入ると蚊やブヨがけっこう多かった。虫除け対策もしっかりとしていきたい。
ぬかるみや大きな岩があらわれてくるが、むずかしいところはないので、緑を楽しみながらゆっくりと休憩をはさみながら歩こう。ぼくが行ったこの日は土曜日ということもあり6時出発で先行者は15組ほど、一方通行ということもありすれちがうことは当然なく、追い越されることもなかった。人気のコースであるがしずかに山歩きができるのもいい。
足元はサロモン(SALOMON)のローカットシューズ「X ULTRA3 GTX」。土のトレイル、岩場、ぬかるみ、木道、ガレ場など、どんな状況の路面にも万能でしっかりとグリップする。つま先のプロテクトが強く、ソールにシャーシも入っており、岩の突き上げから足裏を守る。サロモンが誇るテクニカルハイキングシューズだ。かためのソールで、日帰りはこれさえあればという感じである。最強のローカットシューズ。
展望はしばらくないが原生的な登山道は味がある。登りがきつくなってきたかと思うと、フラットの歩きやすい道となる。これの繰り返しなので意外と楽に歩ける。大きな岩は苔むしていて滑りやすいので注意が必要だ。
休憩や撮影をしながら歩くこと50分。イッキに視界が開ける。遠くには愛別岳や永山岳の稜線が見え、気持ちが上がっていく。湿原を抜ける風が心地よくきれいな高山植物が咲き乱れる。午後からは雨の予報であるが、いい感じで晴れており、まだまだ天気はもちそうだ。自然と笑みがこぼれる。
樹林帯からぬけるといきなり広がる絶景。みなきっとここで歓喜の声をあげてしまうだろう。
正面に愛別岳を望む。このあたりのアカエゾマツは吹きつける強い風の影響で幹や枝が風下側に曲がっており、樹齢数百年でも背が低く、変わったかたちをしたものが多い。
視界が開けてから5分ほど歩くときれいな標柱が立っている松仙園に到着。1時間30分のコースタイムであったが、ゆっくりと歩いた割には55分で到着した。
松園仙に到着。ここからは大雪山連峰の主峰、旭岳(あさひだけ)がきれいな円錐型に見える。
この松仙園からは二ノ沼、三ノ沼、一ノ沼、四ノ沼(*1)と沼が連続しており、いちばんの見どころ。きれいな木道が長く続き、曲がりくねってメルヘンチックだ。整備されていてとても歩きやすい。
(*1) なぜか一ノ沼が3番目に現れる。
正面に見えている愛別岳はこのあいだ登ったばかり。そのときの思い出がフラッシュバックしてくる。次は黒岳(くろだけ)側から入り、北鎮岳経由で愛別岳へ登ろうとか、沼ノ平から当麻岳(とうまだけ)・安足間岳・永山岳の縦走もいいな~、などいろいろな縦走プランが浮かんでくる。山を見ながら、次の山のプランを考えるのもリアルに想像ができていいもんだ。木道に座り込んで休憩する。持ってきたクッキーをほおばりながら妄想にふける。至福の時間だ。
ふと、同行している今日の相棒を見ると写真に夢中になっていた。なんだか幸せな気分となり、ぼくも笑みがこぼれた。ずっとここにいたい気持ちを抑え、前に歩を進めた。
ビートルズの「The long & winding road」を思いだし、ついつい口ずさんでしまった。気持ちのいい木道が続いていく。
一ノ沼。溶岩台地の上に広がる湿原。湿原特有の植物が咲き乱れている。
約45分歩くと松仙園いちばんのビューポイントである四ノ沼に到着した。コースタイムでは1時間となっているが、ほぼ木道歩きとなるため、かなり早く歩けてしまうのかもしれない。山ではタイムマネジメントが大事だが、このルートではある程度ルーズに思いっきり景色を楽しむべきだ。
この四ノ沼は5分ほど歩いた小高い場所からだと全体が見えてうつくしい。ケルミシュレンケ(*2)と呼ばれる湿原の縞模様は大雪山ではここでしかみられない。極めて自然性の高い証拠でもある四ノ沼。壮大な自然の風景に圧倒されながらしばらくたたずみ眺めていた。
(*2) ケルミ(Kermi)はフィンランド語で凸、シュレンケ(Schlenke)はドイツ語で凹の意味。
空を見上げると頭上には太陽がさんさんと輝いているが悪そうな黒い雲がぼくらのほうに向かってきている。午後からの雨の予報は前倒しとなりそうだ。そうとわかっていてもこの絶景を前に離れたくない。まだまだ天気はもつでしょう! と自分に言い聞かせてしばらくたたずんでいた。
四ノ沼全景。紅葉の時期には真っ赤に染まり、さらにうつくしい。
さて、ここから松仙園の出口となる八島分岐まではコースタイムで30分。八島分岐から三十三曲経由で愛山渓へ下山するルートだ。ここからも多少のアップダウンはあるものの歩きやすい木道が整備されている。どこまでも歩きやすいルートだと関心しながら歩いていく。愛別岳方面の山並みも近づいてきて、もうすぐそこに見え、永山岳の稜線やそこへと続く銀名水へのトレイルも肉眼で見える距離まで近づいてきた。
前回の愛別岳は11時間半の日帰り。きつかったことを思い出しながらも、すでにまた行きたい衝動にかられる。きつい山ほど行きたくなるのはなぜなんだろう。
8月でも雪渓が残っている場所があり、浄水器があればここで水もとれそうだ。GPSアプリの「ジオグラフィカ」に水場としてマーカーした。よし、これで次回は水をあまり持たなくてよいので少し荷物が軽くなる。山で水場を見つけマーカーを登録するのがここ最近の楽しみのひとつ。大雪山は水場が少ないので雪渓は貴重だ。広大な大雪のエリアの中で少しづつ、雪渓や水場のマップを「ジオグラフィカ」でつくっているので完成が待ち遠しい。
10年後どのルートにも水場がマーカーされていれば持っていく水もかなり少なくてすむ。60、70歳になったらさすがに水をたくさん持てないと思うので、いまから老後の登山の準備もおこたらないw
名前がついてそうな岩を発見。個性的なかたちなのでそのうち名前がつけられそう。
八島分岐にはあっという間に到着。松仙園ルートはここで終わり。
空はまだ晴れている。おまけとして沼ノ平方面へ少し寄り道することにした。どこかの湖畔というべきか沼畔というべきか、沼のほとりでコーヒーブレイクするのが目的だ。今日はミスタードーナツとおいしいドリップコーヒーを持ってきた。天気よもう少しもってくれよ。
ここの標柱もきれいだ。こちら側からは進入禁止ときちんと書いてある。標柱のほかにしっかりとしたゲートもあり、わりと厳重になっていた。逆走で入らないようにきちんと対策しているようだ。
帰路とは逆だが沼ノ平のメインである六ノ沼をめざす。八島分岐からは約30分でいける距離だ。愛山渓からのメインルートに合流するとすぐに本日はじめてのハイカーとすれちがう。今日はここまでだれとも会わなかった。この八島分岐からは当麻乗越をこえ、当麻岳、安足間岳、永山岳と主要の3山を縦走できるので、それ狙いのハイカーが多い。行こうと思えば旭岳やその真裏にある秘湯、中岳温泉へも行ける。最近では、12時間のコースタイムを日帰りでまわるというファストハイカーも多く、1日の行動範囲は広くなっている。
行く人と帰る人。ようやく人に会えた。大雪では1日あるいてもだれにも会わないことはしょっちゅう。どこの登山道もなまら人がすくないw
八島分岐からは半月ノ沼、五ノ沼と沼が続く。下界では30℃ごえのうだるようなあつさとなっているが、山の中は涼しく、水場も近いこともあり、すがすがしい風が吹き抜けている。沼のほとりにくると風がきもちよくてついつい立ち止まってしまう。ただ、時間はまだ10時前。急ぐ理由はなにもない。こころのままに長居したってかまわない。
ひとつひとつの沼に個性があって見ていて飽きない。どこでクッカーを出し、コーヒーブレイクとするか迷う。風は湿気を含んできた。もう少しで雨となることは予想がつくが晴れているうちは楽しみたい。
うろうろと歩いているうちに六ノ沼に到着した。八島分岐からは30分。到着のタイミングで太陽は姿を消し曇天が頭上を支配した。ただ、風はなく穏やかだ。今日はここまでとしよう。おもむろにバックパックからクッカーを出してお湯を沸かす。静まり返った山の中、今日の相棒とたわいもなく山の話をしながらコーヒーブレイク。山は大きく目の前にただある。これ以上の贅沢はなく、そして必要がない。言い知れぬ充実感と安堵感がコーヒーとドーナツをさらにおいしくする。
数個の巨大な沼で構成されている六ノ沼。
お湯を沸かすときはだいたい山の終盤。あとはもう下山だけなので内心ホッとしていることが多い。今日も無事でよかった。
ここから登山口までは約1時間で着くだろう。クッカーをしまったタイミングで雨が降りはじめた。
さ~てと、帰ろうか。今日もいい山だったのはまちがいない。大満足で雨の中を歩きはじめる。
(photo:Aki Kawakami)
出典:環境省ホームページ(https://www.env.go.jp/park/daisetsu/data/shosenen.html)
■山行コースガイド
〈歩行計=5時間25分〉愛山溪温泉(20分)松仙園登山口(1時間30分)松仙園(1時間)四ノ沼(30分)八島分岐(30分)六ノ沼(35分)沼ノ平分岐(40分)三十三曲分岐(20分)愛山溪温泉