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【連載】日本のロングトレイルを歩く vol.15 ぐんま県境稜線トレイル踏破録:第三章「4ヶ月越しの後半戦はー7℃の世界! からの湯めぐりで締め」
2018.12.04 Tue
中島英摩 アウトドアライター
今一番長距離歩いているライターとして評判の中島英摩さんのぐんま県境稜線トレイル踏破録。開通前の6月に谷川側から歩き始め、天候の悪化により一旦途中下山しましたが、地中海から大西洋までピレネー山脈を1000km歩いた夏を挟んで、先日残りのルートを完歩。ついに完結編です!
▼これまでのお話はこちら
【連載】日本のロングトレイルを歩く vol.12 ぐんま県境稜線トレイル踏破録:序章「ハシからハシまで行ってみよう!」
【連載】日本のロングトレイルを歩く vol.13 ぐんま県境稜線トレイル踏破録:第一章「俺の馬蹄形を越えてゆけ」
【連載】日本のロングトレイルを歩く vol.14 ぐんま県境稜線トレイル踏破録:第二章「未開の地グンマー? 新規開拓ルートに挑む」
6月某日、土合をスタートしたわたしは、3日間かけて野反湖まで到達した。しかし、梅雨前線がわたしを追いかけてきて、どうにも逃げ切れそうになくて、いったん降参することにした。
ぐんま県境稜線トレイルは、群馬と新潟の県境のハシ『土合』から群馬と長野の県境である逆側のハシ『鳥居峠』までを繋ぐ全長約100kmのトレイルだ。SUUNTOの記録によると、1日目(土合ー大障子避難小屋)が30.21km/3,181mD+、2日目(大障子避難小屋ー平標山ノ家)が9.19km/1,034mD+、3日目(平標山ノ家ー野反湖)が31.52km/2,503mD+だ。
だいたいコースタイムの60%~70%のスピードで歩いている
(んん?あれ?)
(おかしいな?)
(足し算すると70.92km?)
まだ半分なのにあと30kmで終わるわけがない。ん、ま、とにもかくにも、“半分くらい”に位置する野反湖で前半を終え、後半の約60kmを残したまま、わたしは海の向こうへ飛んだ。実は今年の夏は、いろいろ訳あってピレネー山脈という超ロングなトレイル1000kmを歩いてきた。
いきなりゼロがいっこ増えたが、そんなこんなで日本の夏山シーズンを留守にしたために、宿題は残したままだった。しかも、帰国した9月は次から次へと台風がやってきて、山など行けたもんじゃなかった。秋晴れなんて言葉があるけれど、今年の日本の秋は3日間晴れ続きを狙うのが難しかった。10月も後半に差し掛かる頃、やっと晴れマークが並んだ日があった。
4ヶ月越しのぐんま県境稜線トレイル後半戦に出発
「行きます!」
前日まで粘りに粘って、決行することにした。第三章のはじまりである。もう野反湖キャンプ場はシーズンオフで営業が終了している。バスもない。今回もまたAkimamaスタッフが夜通し運転してスタート地点まで送り届けてくれることになった。0時に都内を出て、暗いうちに野反湖に到着した。夏にもし野反湖を起点にするならば、野反湖までバスで行き、キャンプ場で前泊して翌朝早出するのが良いかもしれない。
初日の行程は、24~25km、累積標高は1,871mだ。一般的な登山としてはなかなかの距離と累積だけど、これまでのコースに比べれば歩きやすいトレイルだ。岩場もなければ、複雑なルートもない。でも、もしかすると冬眠前のクマさんがいる可能性がある。夏よりもずいぶん日が短いが、明るい時間帯のみで歩く計画を立てた。
スマホの目覚ましの音で目が覚めて、身体を起こす。車の窓が白い。スライドドアを開けると地面の枯草は白く凍りついていた。
出発は6時前
スタッフのみさきちゃんが写真を撮ってお見送りしてくれた! 夏の服装とは大違い
ぐんま県境稜線トレイル踏破録の4日目にあたる今日は、公式マップの「野反湖エリア」と「草津温泉・長野志賀高原エリア」の2枚に渡るコースを歩く。後半は幕営地がない。山小屋も避難小屋もない。通して歩く場合は良いが、セクションハイクでのコース取りがむずかしい。早朝に野反湖を出発して、横手山頂ヒュッテか熊の湯・ほたる温泉あたりに泊まるのが良さそうだ。わたしは、予備日含めて3日しか予定を空けられなかったので、初日の目的地をさらに先の万座温泉に設定した(まぁ本当のところは万座温泉に泊まりたかったというのもある)。
野反湖~横手山の区間は、ちょっとマイナーなトレイルだけど、そこそこ物好きハイカーには歩かれている。以前「SPAトレイル」という温泉地を繋ぐトレイルランニングレースの応援ついでに歩いてみようと思ったことがあったが、「熊に遭った」「熊を見た」という山行記録が多くてびびって止めたのだ。
8月にトレイルが全線開通したからか、道標には見慣れない「ぐ」マークが付いている
標高1530mのキャンプ場の10月は霜が下りていた
一歩踏み出すたびに、バリバリと音がする。霜柱だなんて。汗だらだらで歩いた谷川が昨日のように思えるけれど、いつのまにかもう冬になっていた。1年なんてあっという間だ。トレイルを入ってすぐのところに宮次郎清水という水場があったが、水が出ていない。おそらくもう凍っているんだろう。
ぽつりと一滴も出ない
キャンプ場から三壁山への登り
新規開拓ルートだった三坂峠から白砂山はずっと笹に囲まれていたが、相変わらずこちらも笹の山だ。けれど夏のうちにハイカーにある程度踏まれた笹はぺたんこになっていて歩きやすい。こういうところは、夏の初めよりも夏の終わりの方が良いのかもしれない。それにしてもわたしは相変わらずメインシーズンからズレていて、前半も後半も、図らずもほとんど人のいない季節に歩くことになった。
谷川、苗場方面は雪予報。八ヶ岳は晴れ予報。このあたりはくもり
あっという間に標高2,000mを越える。ん~、いい稜線
高沢尾根と名付けられた場所は、激しいアップダウンもなく、八ヶ岳が良く見えた。よし、だれも見ていない。ガッと鼻の穴を大きく広げ、冷たい冬の空気をめいっぱいにすう。ひとりじめだ。こっちもあっちもひとりじめ。この空気もひとりじめ。
秋冬の空は澄んでいて見通しが良い
後半の旅は、とにかく美しい景色を見ることができた。晩秋ならではの景色だ。葉が落ちた枯れ木の哀愁、澄んだ空気、夏には緑に包まれた場所も見晴しが抜群だ。そんな風景を堪能しようと思って、ミラーレス一眼も持ってきた。
たとえば、こんな風に
赤い実さえも際立って見える
ムジナ平。みちしるべ、ってこんな感じかな
それはわたしのピークではない! 謎の地名連発とまさかの三往復
次に、オッタテ峰という不思議な地名の小さなピーク。だけど地図を見るとオッタテ峰は、大高山の先だ。まだ大高山には着いていない。あれ? ムジナ平、カモシカ平のときて、ここはその次の標高1965mの名もないピークのはず。なぜだ。
確かにオッタテ峰と書いてある
ん?
Ottate no mine peak? オッタテノーマインピーク・・・?
ちょいちょい。それじゃ峰峰になってるし。というか、英語圏の人が読んだら「オッタテ、わたしのピーク、ではない」だ。英語で読めるようにしたいはずなのにローマ字表記にすることの意味を問いたい。
んふっ
ひとりで歩いていると、笑いの沸点が低い。どうでもいいことが面白くて後をひいて、歩きながらンフッとかムフッとか笑っているから結構気持ち悪い。
2000mを越える頃、水たまりも凍りはじめた。このあたりはどうやら泥沼らしく、それが凍っていてラッキーだった。たまにずぼっと埋まっても、シューズは防水。なんてことはない。夏なら足首の上までどろんこだ。
パリパリだけど、上を歩けるほどは凍っていない
苔好き女子
トレイルから草津白根山方面が見えていて、なんだ、あんな近くかという気分でのんびり歩いた(たいていそんなことはない)。ほとんど樹林帯がなく、ずっと景色がいい道ってなかなかない。夏にどのくらい緑が生い茂るのかはわからないけれど、見晴らしが抜群。標高2000m前後を100~200mくらいの差で上がったり下がったり、ゼェハァしないトレイルが心地いい。
自撮りの下手さもほどほどにしたい
大高山から見下ろす県境稜線は、ゆるやかな笹尾根で、模型のよう。そういえば小さな頃から模型が好きだった。そんなわたしに親がお城の模型を買ってくれたりもしたけど、隣の部屋の姉に臭い臭いと嫌がられて完成することはなかった。いまでも博物館に行くと、再現模型の前で何時間でも座っていられる。それと山の上から見下ろす縮図は、なんだか通じるものがある。自分の見ている画角に世界がギュッと詰まっているのが、昔も今も好きなんだ。
曲線が不思議。県境稜線を挟んで植生が違うのも模様のようだ
そういえば、どういうわけかオッタテ峰の先にもうひとつオッタテの峰があった。こちらは、オッタテ峰ではなくオッタテの峰らしい。ニアピン。地図を見ると、このあたりには、ダン沢とか大ナゼ沢とかガラン沢とかキノコ沢とかミドノ沢とか、なぜかカタカナの沢に囲まれていた。オッタテの峰というくらいだから、沢から見上げると目立つピークなのかな。
しかも二つ目の道標は、だいぶ朽ちている。なのにこちらが地図では正式
次の道標はさらに朽ちて・・・? 食われて・・・?
下りが急で、枯れた笹で何度も尻もちをついた
人のいない森で、熊除けがわりにラジオではなくpodcastを流し、鼻歌まじりに調子よく歩いていたが、湯ノ沢の頭600m手前あたりで突然つまづいた。
あれ? 道がないな。
藪で見えないだけかな?と思い腰くらいまである笹をかき分けかき分け、それらしい踏み跡を探して進んだら、藪の先にトレイルが見えた。
よかった! 出た!
と、思ったらなぜかさっき歩いたばかりの道だった。どうも笹薮の中で方向がわからなくなってぐるりと戻ってきていたらしい。そんなことってある? GPSの記録を見たらみごとにウロウロしていた。
見事に3往復
3往復ののちに、かなりわかりにくいところにトレイルに入る小道を見つけたが、地図からは逸れた場所にあった。GPS(国土地理院地図)どおりの破線のところにはトレイルが見つけられなかった。あとからぐんま県境稜線トレイルの公式マップを見ると、わたしが歩いた方のルートに実線がひいてあった。きっと崩落とか倒木とか何かしらの理由があって、いつからかこの道になったのだろう。国土地理院地図ってどのくらいのペースで更新されるのだろう、なんて普段あまり考えたこともなかったことを考える。長旅というのはだんだん考えることがなくなってきて、おのずと思考が広がるからいい。
緑が歩いたルート。トレイルは地図の破線から逸れた場所にあった
年代物の道標を頼りに歩く。旧道かなとも思ったが他に道はなさそうだ
この道迷いポイントを過ぎれば赤石山までは明瞭だった。赤石山に着いて岩によじ登ると、ブワッと足をすくわれそうになった。ものすごい風だ。この日の予報は風速15m以上。雲が物凄い勢いで左から右へと流れていき、絵の具で染めたような蒼い大沼池が現れた。身体を張って強風を受け止めている樹々は雪化粧。
赤石山の西にある大沼池
暴風で鼻水も凍る勢い
まさか樹氷を見ることになるとは思わなかった
氷点下の山から標高1800mの高山温泉郷、万座温泉へ
赤石山まで来れば、鉢山、横手山とすぐに辿りつくイメージでいたが(実際、地図で見ると近く見える)、結構時間がかかると思った方がいい。相変わらずマッドなトレイルに足を取られながらシングルトラックを抜けるとスキー場を登ることになる。スキー場のコースを登るって、「リフトなら一瞬なのにな~」とか「スキーで滑る時は楽々なのにな~」とか考えちゃって余計に長く感じる。気温が低く風が強かったこの日はスキー場の綺麗に揃った芝が真っ白で、だだっぴろいゲレンデでひとり、暴風を受けまくりながらのろのろ歩く姿は滑稽だったと思う。
途中で駐車場が見えて、よっぽど道を逸れてロードで下りてやろうかと思ったけれど、滑稽な人をやり抜く意志で突き進む。夏ならゴロンと転がってひと休みすればきっと気持ちいいだろう。横手山頂ヒュッテの名物焼きたてパンの誘惑も振り切って、渋峠までのゲレンデをリフトに沿って駆け下りた。冷たい空気が喉から肺まで届いてヒーヒー音を立てる。それでもテントや寝袋を持っていない後半の荷物は、ピクニックくらいの軽さで、羽根が生えたような気分だった。
渋峠ホテルは半分ぐんま、半分ながの
境界にねっころがって自撮りしようかと思ったけど、案外次々とカップルの乗ったラブラブカーが通る
ので、控えめな足元でどうかゆるしてください
渋峠からはしばらく国道R292を歩く。草津白根山の麓で危険区域1km圏内のギリギリにコースがあるため、火山活動が活発になると歩けなくなる可能性もある。渋峠にあった電光掲示板の現在の気温は「ー3℃」。下りてきて-3℃なら、さっきはー7℃くらいだったんじゃないだろうか。
道行く車が不思議そうな顔でわたしを見る
がしかし、わたしも負けじとこんな天気の日にビュースポットにドライブに来る人達を不思議な顔で見てみたりする
山田峠からロードをひと登りしてカーブを曲がると、トレイルに入る場所があった。駐車場が目印と聞いていて、地図には(P)マークが付いているのだが、これを駐車場と認識できるかどうかが、通り過ぎずにトレイルに入れるかどうかの運命の分かれ道だ。そのまま気付かずロードをがんがん進むと、トボトボ引き返すことになる。
駐車場らしいがPマークの看板などは特になく、なかなか難易度が高い
ここにこそ、「ぐ」マークを!!
この日最後のトレイル、山田峠~万座温泉区間の数キロは、400~500mほど登ればあとはほぼフラットと下りだった。(たぶん)景色のいいトレイルで、(たぶん)草津白根山が良く見えて、(たぶん)今日泊まる万座温泉を見下ろすことができて、(たぶん)心躍る場所だ。
目を細めればうっすらと見える温泉街らしきもの
最後は木段のを下れば、待ちに待った万座温泉に到着。温泉らしい景色が迎えてくれる。いや~たまらん、この光景。あちこちで湧き上がる湯気。鼻を刺すようなツンとした硫黄の香り。
今宵の宿は万座高原ホテル。ホテル内に遅くまで開いている売店があるということで補給のことを考えてここを選んだ。それに宿泊客は24時間入浴できるっていうんだから最高じゃぁないですか。貧乏旅、素泊まりで何の問題もない。風に揺れる避難小屋でおじさんと2人で身を寄せ合った(?)前半とのコントラストが酷い。
いかにも温泉街っぽい雰囲気だ
あっちもこっちも温泉! 温泉!
長い舗装路を経て、いよいよ毛無峠へ
翌朝5時半。前日に売店で買ったおやきと、部屋で煎れた温かいお茶で朝食をすませ、さっさと準備をして出発した。今日1日で終点の鳥居峠までぶっ通しで歩きたい。さらにその数キロ先の鹿沢温泉郷まで歩きたい。ちょっとだけハードな湯めぐり旅みたいなもんだ。一般的には、万座温泉の次は浦倉山から嬬恋へ下りてキャンプ場に泊まるのが良い。なにせ鳥居峠にはなにもない。電車の駅もない。バス停もない。オフシーズンだからとかいう理由でなくて、もともとな~んにもない。
ぐんま県境稜線トレイル踏破録、5日目となる今日。万座温泉から鳥居峠までの区間は、三分の一くらいは舗装路を歩く。本来の県境は舗装路から北に数百メートルのところにあるが、トレイルらしいトレイルがないのだろう。
朝イチでロード練習みたいだ
充電を忘れた時計はただのゴツいブレスレット
舗装路といっても景色がいいからさほど退屈しない
途中、スウェット姿で朝ランしている人に出会ったが、どんだけの距離を朝から走るのか。周りの村は相当遠い。トレイル入口となる毛無峠までは11km、ひたすらアスファルトだ。重くて固い登山靴で歩くと、もしかするとちょっと足が痛いかもしれない。普通の徒歩(1kmあたり約20分)の倍くらいのスピードで歩き、たまに小走りして2時間かかった。だいたい4時間前後のコースタイムだろうか。
舗装路ルートと本来の県境が交差する部分で、トレイルがあるか茂みを覗いてみたが笹に覆われていてまるで踏み跡がない。標高で260mほど登れば御飯岳山頂に行くことができるはずだが、視界が悪いわ気温が低いわで、なにもこんな時に不明瞭なバリエーションに突っ込むことはないなと後退り。足元には「遭難多発地域! 危険!」という文字の錆びた看板が転がっていた。
「群馬県」と「長野県」の看板が向かい合って立っている
御飯岳方面をちらりとのぞいてみたが、とにかく藪が深かった
舗装路がぐるっと大回りするので御飯岳に登った方が近道のように感じるが、この分岐のあとは毛無峠までほぼ下りですごく楽な道だった。山をひとつまるっとカットしたわけだ。そしてついに毛無峠に到着した。
毛無峠。
検索すると、秘境だの最果てだの天空の荒野だのと書かれている。立ち入り禁止の看板が立っており、その先はかつて栄えた硫黄廃鉱山があるそうだ。
鉱山跡の残された鉄塔
やっとトレイルだ。破風山から取り付く
破風山からのトレイルは、迷うほどには荒れていなくてほっとした。なにせ毛無峠が車があったとしても容易に行ける場所でないものだから、毛無峠~四阿山の間など歩く人がいるんだろうか、と心配していた。たまに左右の藪がトレイルを覆いかけているところがあるものの、笹は刈られ、道幅のある整備の行き届いたトレイルだった。
めちゃくちゃ歩きやすい
たまにだけど、道標もちゃんとある
土鍋山の手前に少しだけ岩の急登がある
ほどなくして土鍋山に到着。山頂と書かれた矢印の道標が地面に置いてあるのを見つけ、トレイルから逸れて山頂に立ち寄る。視線の先に山頂看板らしきものが見えた。
おー、あれが土鍋山かー。
ん? 根元になんか・・・
ある・・・気が・・・す・・・
る・・・!
土鍋!これはまぎれもなく土鍋!
看板が銅(どう)っぽいのはギャグか
しかも三角点のある地図上の土鍋山はその先の別の場所だった(地味)
色々突っ込みどころのある土鍋山を堪能して満足いくまで笑い転げた後は、ゆるやかなアップダウンを繰り返す笹の道と樹林帯をのらりくらりと歩き続けて浦倉山へ。わたしは好きだな、このトレイル。景色がなくても、歩いていて足が喜ぶトレイルに出逢うことがある。足が嬉しければわたしも嬉しい。ここまでのぐんま県境稜線トレイルにない新たな感覚は、わたしを最後の最後まで楽しませてくれて、つくづく面白いところだなと感心しきりだった。
(しばらく水場がないので夏は注意したい)
思ったよりも早くに着いた浦倉山でHIPHOP的なドヤ顔
最後のひと山、四阿山からフィニッシュへ!
四阿山には夏と冬に一度ずつ登ったことがあるけれど、いずれも菅平からのピストンだ。車を持っていない(どころか免許もない)わたしは、いつも電車とバスを乗り継いで山に行くので、バスでアクセスしやすい菅平から登っていたというだけの理由だ。一度は四阿山の山頂から向こう側に行ってみたいと思っていた。浦倉山の少し先には、ゴンドラリフトの山頂駅があり、グリーンシーズンも営業していて、天気と季節と時間によっては、麓の嬬恋のキャンプ場までゴンドラで下りられるかもしれない。そんな風に楽したっていい。レースでもあるまいし、楽しければいいのだ。嬬恋の温泉やキャンプ場で泊まって、朝8時のゴンドラ始発に乗って、翌日またここから登ればいい。山頂駅から2時間弱で四阿山山頂だ。
標高2100mあたりからはすっかり冬の様相
やや険しい場所を乗り越え
稜線に出たらもう山頂は目の前
山頂に着くと、瞬く間に雲が消えてゆき、厚い雲を纏っていた空が別人のように青く晴れ渡った空へと姿を変えた。長い長い旅の、最後の最後の山頂で、こんなご褒美だなんて出来過ぎ! 群馬の山々に祝福されているような気分。ありがとう! ぐんま! ありがとう稜線!
最終日はずっと朝から曇っていたのに
山頂には男性がひとりいて、わたしがひょっこり逆側から出きたもんだから「えっ? そっちから来たの?」と驚かれたが、「はい」とだけ答えて野反湖から来たと言う話は伝えなかった。とにかく行程を説明するのがややこしくてすぐ端折ってしまう。話し始めると長くなるし。お互い写真を撮り合いっこしたが、わたしはあまりにヘンな顔をしていたもんだから、おじさんがいなくなるのを見計らってそのあともう一度自撮りした。
GO PROで記念写真
いままでみた四阿山とはまるで違って見えた。
自撮りの顔もたいしてキマらないから感動もそこそこに下山を開始。もうこの道をただただ下っていけば、ぐんま県境トレイルを全踏破できるんだ! そう思うとちょっと寂しい。山はいつだってそう。どんなに大変なルートでも、最後には「早く帰りたい」だなんて思ったことがない。いつだって、なんだかちょっと終わりが惜しく思う。
途中、嬬恋清水なる道標を発見。恋って文字はやっぱそれだけでインパクトある。
寂しい寂しいと惜しんでいると現れる「下りのはずが何度も登り返すから全然標高下がらない」パターン
県境とはいえなんで鳥居峠なんていうなんもないルート方面を終点にするんだ、と思ったらこの景色。これはいい。たしかにいい。自慢したくなる素晴らしい景色だ
山の上から見下ろす紅葉も案外いい
降りてみれば、こんな美しい色のコンビネーション
それなりにアップダウンを繰り返しながらもどんどん下り、浅間山方面を眺めながらも下り、ひたすら下り、登山口の駐車場に出た。
鳥居峠から四阿山のピストンをする人は車で来て駐車場に停めるようだ。なかなかの高低差なのでそれなりにハードだけれど、このコースは日帰りにもすごくいい。たった2度登っただけで知った気でいたわたしは、四阿山のこんな表情を全然知らなかった。
登山口で終わりでないところが、ぐんま県境稜線トレイルのにくいところ。駐車場からもダートをしばらく下らなければならない。降りてくる車をよけながら、つまづきそうな砂利道を歩く。たまに車がわたしの横でゆっくり止まって、『乗っていきますか?』と言ってくれたけど、御礼を言ってそれでも歩いた。なぜなら、地味な砂利道が、わたしにはレッドカーペットに見えていた。100kmも歩いて来たんだから、最後まで歩きたい。あとほんの1、2kmでこの冒険が完結するんだから、この足で歩きたい。
最後のゲートが見えた瞬間
あーーー!きたーーーー!
こういう時にほかに言うことなんて特にない。あーあーあーあー、で十分。十分!
ここがFINISHだ!
見てみて! やりきったぜ!
ぐったり、でもただただ嬉しい
最終はすっかりぐんま県境に慣れたのか、計画よりもずっと早く鳥居峠に到達した。ひとしきり浸ったあとは、ここから帰路につかなければならない。後泊の場所は新鹿沢温泉。温泉、温泉! それに、元気だったら翌日も浅間山麓まで縦走しようという目論見だった。
国道沿いを歩く。右に見えているのは浅間山。
古いけれどきれいに維持されているいい旅館
温泉に入り、ビールをひっかけ、畳の上でテレビをぼーっと見ながらダラダラしていたら、完全にスイッチが切れてしまった。宿の人が、近くの「JR万座・鹿沢口駅」まで翌朝送ってくれると言ってくれて、もう他の選択肢は浮かびもしなかった。その夜は、一度も目が覚めないほど深い眠りについた。
*
総距離100km。いや、もっとある。ちょっとがんばって5日間で踏破したが、おそらく1週間前はかかるトレイルだ。でも、長いほどに旅になる。スルーハイクじゃなくたっていい。区間ごとのセクションハイクを何年もかけて踏破、なんてのもいい。歩いた年によって人生様々な変化きっとあって、それぞれに感じ方が違うかもしれない。厳しくもおおらかに色んな表情を見せてくれるトレイルだから、“わたしなりの” “あなたなりの” 色んな楽しみ方ができる。
ぐんま県境稜線トレイルはわたしが「いちどでいいから行ってみたい」と思っていたところの宝庫だった。電車でも車でも行きにくい場所に、歩いて行くって究極だ。お金はないけど、比較的強い脚ならある。脚があるなら歩けばいい。わたしにとって最も便利で手軽でどこにでも行ける最強の移動手段だ。旅するトレイル。旅する脚。この脚で、見れない景色を見に行ける。だから、ロングトレイルが好きなんだ。
やっぱり電車がいちばん、便利かも。はは
完
(文・写真=中島英摩)