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【書籍紹介】ロックダウンの憂鬱を吹き飛ばす、最高にポジティブなSF 「火星の人」 アンディ・ウィアー

2021.10.12 Tue

林 拓郎

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

「もしもこの先、本気でロックダウンなんて日がきたら外に出れなくなるかもだね〜。そんな時に備えて、綴りは違うけどロックで勢いのいいアウトドア本でも並べてみない?」

 ことの始まりはそんな話だった。僕の中で最高にロックなアウトドア本といえば角幡唯介さんの「空白の5マイル」だ。誰もやってないならオレがやる!という情熱を描いた冒険譚はハラハラの連続。そのなかで角幡さんは若さゆえとも言える無謀ギリギリのトルク感あふれる前進を続けていく。このあたりはサイコーにロックなんだけれど、終盤にはジメッとした空気感の中で精神的にジリジリと追い詰められる件があるなど、外出自粛の状況で読むには重いところもある。

 そこで視点を変えて、マジにロックダウンな状況に向き合う男の話を紹介したい。

 なにしろ場所が火星で、自分以外に誰もいないのだ。本のタイトルは「火星の人」。2015年には『オデッセイ』というタイトルで映画化されたので見た人も多いだろう。

 主人公のマーク・ワトニーは植物学者兼メカニカルエンジニアだ。火星探査のミッション6日目にしてトラブルが起こり、マークは死んだという判断の元、他のメンバーは火星から撤退する。けれどマークは生きていたのだ。なんとか住居スペースに戻ったはいいものの、火星を離れる手段はない。通信設備も壊れてしまい、外界とコンタクトをとることはできない。

 このウルトラロックダウンな状況の中、頼りになるのは知恵と工夫だ。当面の問題として、水と食料と空気を賄わなくてはならないが、使える資材はミッションのために運び込まれていたものだけ。まさに「そのへんにあるもので生きる」という火星版テンダーさんライフは、火星で農耕というフェイズから始まることになる。

 なんとマークは火星の土を居住スペースに運び込んで、食料として持ってきていたじゃがいもを栽培し始めたのだ。しかし火星の土には決定的に栄養が足りない。そこで利用するのは、クルーが残していった排泄物だ。さらに爆発ギリギリの危険を犯しながら、化学反応を利用して燃料から水を生成する。

 マークはこうした作業に悪態をつきながらも冷静さを失わない。じゃがいもがどのくらいのカロリーを生み出し、一日の摂取カロリーから何日分の食料になるのかを計算する。水を与え、肥料を与えることでどのくらいの食料を手にすることができるかを考える。

 と、ここまでで話は全体の1/10。この先、マークは地球と連絡をとるためのさまざまな方法をトライし、じりじりするほどじれったい通信速度をやがて飛躍的に向上させ、最終的には火星脱出のプランを練り上げる。

 この本に書かれているのは死んだと思われていた男が前を向いて進み続けるお話だ。もちろんマークは架空の人物だけれど、きっと読み進めていくうちにみんなマークのことが好きになるだろう。なぜならマークは常に前向きで、ファクトに基づいて状況を分析し、やるべきことを(時にはイヤイヤながらも)こなし、常にユーモアを忘れない。実際、マークはいいヤツなのだ。だからこそ、ラストに向けて他のクルーの思いは皆同じになる。

 ウルトラロックダウンな状態の中で諦めたりクサったりしていたら、きっとマークに朗報は訪れなかった。そもそも人という生き物は眼前のトラブルに立ち向かっていく資質を持っているのだ。だからこそ人類の歴史を通じて道を切り開き、新たな世界を求めて大海を渡り、天をつく雪山を越え、広大な大地を渡ってきた。大した理由がなくとも苦難に立ち向ってきた。そのことはジェイムズ・P・ホーガンの名作SF「星を継ぐもの」でも語られる。困難を克服することこそ100万年をかけて人類が獲得した誇るべき資性なのだ。
(「星を継ぐもの」についても時間があればぜひとも。僕らが未開の地に惹かれ、困難な山行に魅力を感じ、馬鹿馬鹿しいと思いながらも藪を漕いでしまう心の本質が素晴らしく壮大な物語の中に織り込まれている)

 であるなら。問題はその資質をどう呼び起こすかだ。ロックダウンに至らずとも、困難な状況を切り抜けるために自分たちが備え持っている資性をどう発揮するかだ。

 そう考えた時に必要なのはマーク・ワトニーの姿勢ではないだろうか。きっとマークの火星脱出のプランを読んでいるうちに、誰もがトラブルを克服する達成感と爽快感を共にすることだろう。そして絶望的に閉鎖的だと感じている状況であっても、行動することで希望をつなぐことができると確信できるはずだ。

 マークのように前向きで、ファクトに基づいて状況を分析し、やるべきことを(時にはイヤイヤながらも)こなし、常にユーモアを忘れない。こうしたマインドこそが困難に立ち向かい、その先にあるであろうカタルシスを目指す勇気につながる。そう信じてみてもいいかな、という気持ちになれたらサイコーだ。

 


■「火星の人」
著:アンディ・ウィアー 訳:小野田和子
価格:本体1200円+税 発行所:早川書房

■「星を継ぐもの」
著:ジェイムズ・P・ホーガン 訳:池 央耿
価格:本体700円+税 発行所:東京創元社

■「空白の5マイル」
著:角幡唯介
価格:本体600円+税 発行所:集英社文庫

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