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野生の味ってどんな味? さばいて食べよう、鹿の解体ワークショップ <前編>

(2016.02.28)

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<前編> 鹿肉と日本人

 食にまつわる取材が多い身として、ここしばらく「鹿肉押し」の店が増えたなあ、と感じます。ジビエの高級食材である鹿人気は今に始まったわけではないけれど、
山の中にある自然派レストラン、都内ビストロ、インテリアショップに併設されたカフェ…、と、形態は違えど新しくオープンした店では、地方、東京かかわらず、鹿肉メニューを実にたくさんいただきました。

 調理法は、ソーセージやハム、グリル、カツレツ、すき焼き、シチューやカレーなど、生での提供以外はなんでもあり。牛肉の赤身に似た淡白な味、山中で動き回っているため筋肉がしっかりあり、かみごたえも十分。カロリーは低く、高たんぱく質、貧血に効果あり、しかも牛肉より安いというメリットだらけ。

 これまでに食した鹿肉の個人的ナンバーワンは、地元でもある三重県美杉町「朔」でいただいた鹿肉の炭火焼。店主の沓沢さんいわく、三代続く罠猟の名人が仕留めた1歳くらいの雌鹿の肉でくさみはない。発情期を迎える雄の肉は、やはり少しにおうとのこと。

日本料理「朔」にて。炭火でじっくり火が通されていく。弾力ある食感、さらっと溶ける脂がたまらん!©Yumiko Miyahama

 ひとくち食べ、伊賀牛で育った肉好きな私もうなる。80歳近くなり、肉を受け付けなくなった父も同じくうなっていました。将来的に、鹿肉は病院食や給食に採用するなんていう動きもあるといいます。

季節におうじて旬なものをいただけるのは贅沢なかぎり。新鮮な山の幸、海の幸は格別。鹿肉は山の恵みでもある。©Yumiko Miyahama

 縄文時代から食べられてきた鹿は、イノシシとともに日本人にとっては馴染み深い肉。675年、仏教の教えが広まるとともに天武天皇による肉食禁止令以来、基本的に明治時代に入るまで、肉は食べてはいけないとされていました(そうはいっても天皇も武士も庶民もみんな隠れて食べていたけど。馬肉を「さくら」、猪肉を「ぼたん」「やまくじら」、鹿肉を「もみじ」などと隠語で呼ぶのも、表立っては食べていけなかったからだそうですね)。
 
 機会があれば、鹿の狩猟から解体まで見てみたいと思っていた矢先、フェイスブックで鹿の解体ワークショップのお知らせが。長野県小谷村で開催される1泊2日のワークショップで、「鹿の解体と皮なめし 暮らす道具」というタイトル。これはいかねばなるまい!と、なったわけです。

最寄り駅は、大糸線「平岩」駅(無人)。山深い懐を縫うように走るキハ120形は、鉄道ファンならずとも気分があがる。©Makoto Hatano

 1月下旬の週末、爆弾低気圧近づくなか小谷村大網地区へ出発。ワークショップが開かれる長野県小谷村は長野県と新潟県の県境にあり、特別豪雪地帯に指定される長野県のなかでもとくに雪深い山間部です。一両列車に揺られ、ずんずんと山のなかへと入っていきました。

大網地区は、江戸後期、塩の道として知られる千国街道の荷継ぎ場として栄えた場所。さすが豪雪地帯。到着時も雪がしんしんと降り続いていた。©Makoto Hatano

 今回このワークショップの参加を決めた理由のひとつに、解体だけでなく皮のなめしまで教えてくれる、というのがありました。はじめての鹿の解体ワークショップ、さてさて、どんな内容だったのでしょう…。続きは、また次回!

つづく

 
 
ライター
高橋 紡

フリーランス編集者・ライター。食・住・自然・手仕事を主なテーマに、雑誌、書籍を手がける。アウトドアのいろはは、akimamaの運営母体である「キャンプよろず相談所」に所属したことで鍛えてもらいました。出版ユニットnoyamaの編集担当としても活動。本名の柳澤智子名義の著書『住まいと暮らしのサイズダウン』(マイナビ出版)が発売中。

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