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ホーボージュン アジア放浪2カ国目ベトナム「夜行列車とファンシーパンツ」

(2016.05.25)

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All photo by Makoto Yamada

日本もその一部である「アジア」をあらためて眺めてみると、
じつはまだまだ知られていない魅力的なトレイルが方々に……!
世界中を旅してきたサスライの達人ホーボージュンが
そんなアジアへバックパッキングの旅へ出た。
二カ国目は、インドシナ半島・ベトナム北部へ!

 

夜行列車でベトナムの奥地へ
 ねっとりとした暗がりに鋼鉄の塊が浮かび上がっていた。赤と白に塗られた機関車に黄色いタングステン灯が反射してヌラヌラと怪しい光を放っている。チェコスロバキアから払い下げられたオンボロ機関車だったが、僕ら徒歩旅行者からみるとその姿は威風堂々としていて、まるで原子力潜水艦のようだ。

 ハノイ発ラオカイ行きの夜行寝台列車。ハノイB駅の6番線は世界各国からやって来たバックパッカーたちで溢れていた。ある者は大きなバックパックにクバ笠を下げ、あるものはタイパンツの裾からエスニックなタトゥを覗かせている。僕らはこれから都会を離れ、国境の町へと向かう。そこはハイヒールよりもトレッキングブーツ、スーツケースよりもバックパックのテリトリーだ。

「ビール、ビール! 冷たいビールが欲しいならこれがラストチャンスだよ!」

 コンクリート打ちのホームで売り子のおばちゃんが大声を上げる。

「ビア・ハノイはある?」
「あるよ。いっしょにバインミーは?」
「いやいいよ。もうメシは食ったから」

 缶ビールをバックパックのポケットにねじ込むと僕は長いホームを歩き始めた。赤い機関車の後ろには色とりどりの客車が繋がっていた。
ハノイからラオカイまでは約8時間。日本国内では夜行寝台列車に乗れるチャンスがめっきり減ってしまったが、ベトナムでは長距離移動の主力選手だ。海外からやってきたバックパッカーもたくさん利用していた

 サイゴンからラオカイまでベトナムを南北に縦断するベトナム国有鉄道は通称「統一鉄道」と呼ばれ市民に愛されている。総延長は2,000kmで、ちょうど青森から熊本ぐらいだ。日本だったら新幹線で10時間ほどの距離をこの列車は46時間もかけて走る。

 客車は車両ごとに異なる旅行会社やホテルが運営していて、設備も値段もさまざまだ。基本は3クラスで、板張りベッドの「ハードスリーパー」、マットレス付きベッドの「ソフトスリーパー」、そして普通の座席の「シート」があり、エアコンありとなしで値段が変わる。今回僕が買ったのは4人部屋、二段ベッド、エアコン付きのソフトスリーパーだ。日本では絶滅危惧種となった寝台列車だが、ベトナムの庶民と外国人バックパッカーにはいまだ絶大な人気を誇っている。
僕が今回泊まったのは4つの寝台が備えられた相部屋タイプ。この日の相棒はドイツ人でラオス経由でやってきていた。運営する会社によって値段は上下するが、ハノイーラオカイ間で40ドルほど。2人用のVIPルームは70ドルほどだが、今回利用したタイプで十分快適だった。車掌さんがえらく親切で、なにかと世話を焼きに来てくれた

 22時10分。巨体を揺らし夜行列車は動き出した。ゴウゴウと機関車が唸りを上げ、ガタンゴトンと線路が歌う。僕はパックと登山靴をベッドの下に押し込むと、清潔なシーツの敷かれたベッドにゴロンと横になった。ああ、最高の気分だぜ。ハノイの喧噪も東京のシガラミも遙か彼方。これから僕はベトナム最高峰のファンシーパン山まで登山に行くのだ。

インドシナの屋根「ファンシーパン山」

 ファンシーパン登山を思いついたのは去年の11月のことだ。プライベート旅行でホーチミン(旧サイゴン)を訪れた僕はその喧噪と猥雑さ、パワーと明るさにすっかりベトナムが好きになった。そして今度来るときには登山靴を持ってきて、どこか山にでも登ってみようと思っていたのである。

「だったらファンシーパンがいいよ」と山好きの友だちが教えてくれた。日本でベトナムというとメコンデルタや戦争映画にでてくるような熱帯のジャングルを思い浮かべるだろうが、じつは北部の中国国境付近は高山が連なる山岳地帯なのだ。

 なかでもファンシーパン山は標高が3,143mもあり、インドシナ半島の最高峰でもある。麓の町からは標高差1,500mに渡って急勾配が続き、途中には深い谷が横たわっていることから登山の難易度は高く、登頂には2泊3日程度が必要になるという。そのかわり山頂からは遙か中国やラオスの山々も見渡せ、それはそれはエキゾチックだそうだ。
ベトナムはインドシナ半島の東に位置し、北は中国、西はラオスやカンボジアと国境を接する。ハノイは政治の中心地で1000年の歴史を持つ首都だ。そのハノイから北西に約250km、山々が連なるホアンリエンソン山脈にファンシーパン山がある。(詳細地図は4ページ目に掲載)
 そんな山がベトナムにあるのなら登ってみたい。僕は張り切って登山計画を練り、安いエアチケットを購入し、現地の旅行会社にメールをしてこの夜行寝台も予約しておいたのである。

 ところがどっこいぎっちょんちょん。
 3月のある日、日本の僕の元にこんな衝撃的なニュースが飛び込んできた。


【インドシナの屋根・ベトナム最高峰のファンシーパン山に世界最長のロープウェイが就航!】

「ええええええええ~!」

 寝耳にミミズとはまさにこのことだ。

 ニュース記事によるとこのロープウェイは全長が6.3kmもあるクレイジーなもの。もちろん全長も標高差も世界一で、街から山頂までをわずか15分ほどで結ぶ。国家的プロジェクトとして建設され、ベトナム観光の新たな目玉として注目されているそうだ。

 写真を見ると遙か空の彼方、雲の中から巨大なゴンドラがバビューンと突き出していた。ロープウェイというよりそれは飛行船か何かの飛行物体みたいだ。スゲエ。ハンパねえ。でもよりによってなんでまたこのタイミングに……。

 僕は3,000mの山頂に観光客がワラワラ群がり、記念写真を撮っているシーンを想像してゲンナリした。いってみればそれは富士山の山頂までロープウェイがかかったのと同じである。登山者にしてみれば悪夢としかいいようがない。果たしてそんな山に登る必要があるのか? 2泊3日もかける意味があるのか? てゆーかそんなことして楽しいのか?
ハノイの路地裏でバックパッカーのおねいさんに「このバイクを230ドルで買わない?」と声をかけられた。山なんか登るより彼女とどこか旅に出る方が楽しそうだぜ
 僕は猛烈に逡巡した。でもその一方でワケのわからない欲望が僕の頭の中を渦巻いていたのである。

「乗って……みたい」

 男子として生まれた以上、世界一の乗り物に乗りたくなるのは当然の欲求だ。世界最速のバイク、世界最大の客船、世界最凶のジェットコースター、世界一の巨乳……。僕なんか世界一と聞くだけで血が騒ぎ、鼻の穴が膨らんでしまう。しかもコイツはまだ開通したばかり。もしかしたら日本人一番乗りができるかもしれない。

「よーし決めた!乗るぞ!……いや、登るぞ!」

 かくして僕は計画続行を決意し、ファンシーパンをめざしたのである。

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ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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