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伊藤伴。日本最年少にしてエベレスト、ローツェの連続登頂を成し遂げた男。Akimama独占インタビュー

2016.09.10 Sat

久保田亜矢

久保田亜矢 フォトジャーナリスト、編集者

 多くの登山家を魅了するエベレスト。

 ネパール語ではサガルマタ(世界の頂上)、そしてチベットではチョモランマ(大地の母神)。いずれもこの山を敬う、そんな意味の名前がつけられ、世界中の登山家に愛されている。
 
 昨年4月、伊藤はエベレストに登頂しようとベースキャンプにいた。ところが4月25日のネパール大地震の影響により、5月1日にこの挑戦は中止となった。現地にいた彼は迫り来る雪崩の恐怖を実体験。ネパールの現状を目の当たりにしつつ下山することとなった。

 1年後の今年、再びエベレストに挑戦したのは、彼にとっていちばん登ってみたい山であると同時に、自ら体験したネパール大地震を風化させないという思いもあったようだ。

 ではなぜ、若い彼は多くの山の中からエベレストを選んだのか。

▼日本人最年少でエベレスト登頂、さらにローツェの連続登頂を成し遂げた伊藤 伴さんは、いったいどんな子どもでしたか? 家族も山好きだったとか?

「うちはインドア派の家庭でした。両親は音楽で知り合ったので、山に登るというより地下1階にあるライブハウスに行くような、そんな家族でした。ぼくも運動や勉強が大嫌いで、ゲームのために貯金するインドア派。

 そんなぼくが山を好きになるきっかけは、小学4年のときの担任が山好きだったこと。そして当時、理科の専科の先生も山が好きで、その先生が中心になってハイキングクラブというのをつくっていて、子どもたちを山に連れて行ってくれたからだと思います」

▼インドア派のご家族だと、なかなか山に行く機会は少なくなりそうですが……。

 ハイキングクラブに入る前、一度だけ家族で富士山に登ったんです。ただ、観光のつもりだったので、Tシャツとジーパン。そんな格好だったので、関係者の人に7号目で止められてしまって。

 じゃあ、次はきちんと準備して行こうと、すぐにアウトドアドアショップで上から下までそろえました。そのとき、自分のバックパックが欲しかったので、ゲームを買うために貯めていたお金を使いました。山で使える高度計などがついたアウトドア用の時計も、小学校5年生のときに買った物。いまでも使っています。
 
 そんなこともあってか、ハイキングクラブがとても魅力的で。ただ保護者同伴なので、そこは親を説得して山へ行くようになったんです。

▼国際山岳ガイドの近藤謙司さんとは、どんな出会いだったのですか?

 小学校4年の冬に担任がエクアドルにあるチンボラソ(6,268m)に近藤さんと登ることになっていて、それを応援しようとメッセージを書いて渡したんです。そのお礼にと、先生は旗とその寄せ書きを写したビデオを撮ってきてくれて。

 その映像は、チンボラソではなくて同じエクアドルにあるコトパクシの山の麓にあるミュージアムで映したものでした。小さな模型のような山を空撮のような感じで、「このルートを登ります」みたいな撮り方を近藤さんがしていて……その映像にぼくがもの凄くはまったんです。

 そのときに近藤謙司さんのことを知りました。

 その後、近藤さんがエベレストに行くというので、近藤さんのブログ、『ケンケンブログ』で応援することになって、書き込みを始めたんです。たしか4年か5年だったと思います。

▼子どもが書き込んできたら驚きそうですね。近藤さんの反応はどうだった?

 小学生が書き込みをしてきた! と近藤さんを含め、アドベンチャーガイズ(AG)のお客さんたちもコメントをくれるようになって。そのときに「富士山に登りたいんだけど、どうしたらいいか」と相談したんです。それがきっかけでAGのオフィスへ。

 それからは父とふたりで、AGの無料の机上講座に参加しました。近藤さんに会いたかったので、内容を考えずに、とにかくいちばん近い日の机上講座を選びました。内容は地図読みでした。まったくわかりませんでしたけど。

 結局、ぼくが山を好きになったので、家族もそれに巻き込む感じでしたね(笑)

▼近藤さんと初めて会ってみて、どんな印象でしたか?

 ぼくはコトパクシのときのビデオで見ていたので、そのままでした。でも、近藤さんは「うわ〜、来たか!」みたいな感じで。当時のぼくは髪が長くて、女の子かと思ったそうです。

▼エベレストに登りたいと思ったのはいつごろ? あと、遠征にかかる資金はどうしていたのかな?

 エベレストに登りたいと、明確に意識したのは高3のときでした。エベレストの高所順応で使うネパールのロブチェ・イーストに登ったときです。

 そのときのぼくの目的地はロブチェだったので、そのまま帰らなきゃならないんですが、いっしょに行ったメンバーはロブチェの山頂から見たエベレストに向かうわけですよ。それがとっても羨ましくて「ぼくも行きたい!」と。

 ネパールからの帰り際、近藤さんに「次、エベレストに行きたいんですが、連れて行ってもらえますか?」と聞くと「連れて行くよ!」といってくれて。

 受験が終わったら登りたい、と、そのときに約束をしたんです。

▼国内ではどんなふうに登っていたんですか? またその後、モンブラン(4811m)にも登っていますよね。そのきっかけは?

 国内の山々は、ハイキングクラブの保護者のみなさんの協力もあって、ぼくら子どもたちは奥多摩のほか、北アルプスの五竜とか、富士山にも連れて行ってもらいました。メンバー同士の親睦を深めたり、各人のスキルアップのためにと、小学生から中学くらいにかけて3,000m級の山々に行きましたね。

 モンブランは、近藤さんが夏になぜヨーロッパに行くのかが気になって質問をすると、「ガイドをするためだ」と答えが返ってきたんです。

 そこからヨーロッパに興味が湧いて、いろいろと調べてみたんです。すると、登山家の野口 健さんのセブンサミッツという記録のことを知って。彼がモンブランに16歳で登っていたので、「ならば、15歳で登ったらその記録が抜ける」と単純に思ったんです。

 当時小学5年で、まず中学3年でモンブランに登ると決めたんです。
 
「山に登るなら1円も出さない。自分の力でお金を貯めるなり、集めるなり、自分の責任で好きなことをしなさい」というのが親との約束でしたから、資金については、とにかく貯金しかありませんでした。

 また小学校のころは運動が嫌いで体力がなかったので、中学に入ってから陸上部で走り込んで、中1のゴールデンウィークに初めて雪の立山に連れて行ってもらったんです。そのときにアイゼンとピッケルの使い方を習ったんです。
 
 そのころのぼくは、山道具以外あまり欲しいものがなかったので、誕生日プレゼントとして国内のツアーなどに行かせてもらったこともありましたね。

▼初めてのヨーロッパ、モンブランに登ってみてどうしてか?

 いま考えてみると、モンブランは、周りのみんなにだいぶ引き上げてもらってできた登頂だったと思います(笑)。

 ただ、下りてきたら、セブンサミッツの記録がぼくにとってはどうでもよくなっていたんです。

 そんなとき近藤さんに「もっと自分の好きな山に登ればいいじゃないか!!」といわれて、確かにそうだ! と自分のなかでしっくりときたんです。

▼モンブランの次には、どこの山に行きたいと思ったのですか? それがエベレストだった?

 ロシアのエルブルス(5,642m)、アルゼンチンのアコンカグア(6,961m)、ネパールのロブチェ・イースト(6,119m)。

 エルブルスは標高が約5,000mとモンブランと標高があまり変わらないし、帰りにスキーで下るので、滑ることができなければ連れては行かれないと却下。アコンカグアは南米で遠いし、エアーが高い。もうひとつ、アコンカグアは6,900mほどあるんですけど、中学生や高校生の若いぼくらの場合、この標高は脳にあまりよくない影響を与える可能性があるというので断念。残ったのはロブチェ・イーストでした。
 
 それに、ロブチェに行けば、あのエベレスト街道を歩くことができると思いました。エベレストも目にすることもできます。

▼そして、ロブチェ・イーストへ。その山頂で、エベレストを見た伊藤くんは「行きたい」と強く思ったのだった(つづく)。

(伊藤 伴、後編はこちらから)

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