• 山と雪

「うごめく」を漢字で書けば「蠢く」となる。春です——坂戸山、越後の古城はカタクリの花盛り。

2021.04.20 Tue

宮川 哲

宮川 哲 編集者

「春」という字に「虫」ふたつ。草木の下に目覚めた虫たちも蠢く、春の季節となりました。白一色だった山野にもあたたかな風が日一日と吹き募り、雪解けの水もチロチロと。谷筋に響く心地よい水音は、待ちわびた春の始まりを告げるもの。

 こうなれば蠢き出すのは、虫たちだけでなくわれら人間。滑り系のアドレナリンとは無縁とばかりに冬眠していた“無雪期登山者”たちもみな、山の空気を吸いたくて堪らない想いに駆られていることでしょう。そこで、シーズン初めのこの季節にピタリとはまる足慣らしの山、ひとつ。
林床一面が淡いピンク色に染まるのはほんの一瞬のこと。カタクリの花の季節の山登りは、タイミングの見計らいが大切に。
 しかも、とびきりの花を愛でられるとっておきの山。「花」に「展望」「駅近」と日帰りの山登りに最適なのは……新潟は魚沼地方にある坂戸山。六日町のシンボルともいえるこの山は、知る人ぞ知る花の名山でもある。4月も中ごろを過ぎれば、麓からポツリポツリと花が咲き、上へ上へと駆け上がるようにして、道々が濃淡織り交ぜたピンク色に染まっていく。足元一面に咲き誇るのは「春の妖精」の別名を持つカタクリの花。雪深い地域に春の訪れを告げる花である。
カタクリはじつに豊かな表情を見せてくれる花。ときにキクザキイチゲと咲き競ったり、朝夕には俯き加減に花を閉じてみたり、一面に咲き誇ってみたり、凛として背筋を伸ばしてみたり。
 分類でいえば、カタクリはユリ科のカタクリ属。山々の林床に群れをなして咲く多年草で、一度花をつけた株はだいたい数十年は生き続けるという。なんとも長生きな草花ではあるが、花を咲かせているのは1年のうち2ヶ月ほど。華やかな時期はほんの一瞬で、残りのほとんどは土の中で次の花を付けるための準備をしているという。派手な見た目のわりに、じつは地味で真面目な性格を持つ。花言葉なんて柄ではないけれど、物の本を調べてみると、なんと「初恋」とある。ちょっと俯き加減の可憐さからそんな言葉が連想されるのか、花の世界はなんともロマンチックです。
この時期の坂戸山は、どこもかしこもカタクリの花。花の期間が短いだけに、ここぞとばかりに咲き誇る様は迫力さえもある。
 そんなことよりも、坂戸山。標高が634mで東京スカイツリーと同じだったり、低山だけに雪深いこの地にあっても冬も登れる山として人気があったり、毎日登山、1,000回登山を目指している地元の人がいたりと、とにかく愛され、話題にされ、注目の山なのだけど、じつは山全体が史跡になっていることは、古城マニアならいざ知らず、一般にはそんなに知られていないのでは?

 坂戸山には中世きっての山城があった。とくに戦国期に機能した城であり、おもに上杉一族が支配している。山そのものが城跡となっており、山頂から鶴翼のごとく延びるふたつの尾根に囲まれた山裾に、平時のときに利用した居館跡がある。そして、山腹から山稜に掛けては防御のための曲輪や土塁、堀切が数多く刻まれ、山頂にはいわゆる本丸にあたる実城(みじょう)があった。近世の平城とちがって戦国の世に造られた山城なので、自然地形をそのままに利用した砦の要素が強く、建造物と呼べるものは石垣以外にはほぼ残っていない。
坂戸山は上杉時代、北条に対する守りを為す重要な城だった。坂戸山から清水へと詰めれば、直路といわれた清水峠越えの最短路が関東に拓かれていた。
 でも、苔むした石垣の周りにも、春になれば一面のカタクリの花が咲く。まさに、つわものどもが夢の跡。古城好きであれば、このシチュエーションはしびれる一場面ではあるまいか。埋田堀(うめだぼり)に銭淵(ぜにぶち)、御館(おたて)に御居間屋敷(おんまやしき)、家臣団屋敷跡、城坂、主水郭(もんどくるわ)、桃ノ木平、実城に小城、大城と、それらしい地名も山域全体に残っており、歴史書片手に歩き回るのも悪くはない。
 城坂の起点とも終点ともなる一本杉には、「坂戸城跡案内図」が設置されていた。雪の重みによるものなのか、少しひしゃげてしまっていたが、全体を把握するのにとてもわかりやすい。坂戸山の全域に城の要衝となる砦や郭が築かれていたことが見てとれる。
 花を楽しみ歴史にひたるのにおすすめのルートは、薬師尾根から山頂を踏み、稜線を大城までピストン、来た道を戻ってから桃ノ木平経由で城坂を下りるといい。この季節、登山道沿いはどこもかしこも花で埋まる。もちろん、谷筋や山陵には雪が残っているが、そのほうが地形がわかりやすく、土塁や堀切跡もはっきりと認識できるはず。
花の季節の坂戸山にはカタクリだけでなく、さまざまな花が咲き乱れている。左から時計回りに、濃い桃色が印象的なオオヤマザクラ、可憐な薄青色の花を咲かせるキクザキイチゲ、団扇のような丸っこい葉っぱから名付けられたイワウチワ、線香花火のような花を付けるショウジョウバカマ、山に春を告げるといわれるマンサクの花。
 薬師尾根の登山口には駐車場がある。ここから1時間半もあれば、山頂へと登れる。が、後半は胸を突くほどの急登となるので心して掛かりたい。山頂からは、米どころ魚沼の豊かな広がりが手に取るように見える。季節的には田おこしを終え、水を張りはじめた田んぼがあちらこちらに現れるころ。きらきらと太陽光を反射させ、谷全体がきらめきを増す。日本はいいなぁと、しみじみと思わせてくれるような景観である。
左上の写真が坂戸山の全景。薬師尾根から実城のある山頂への道は、登り一辺倒ともいえる急な道。さほど長い距離ではないが、とくに、山頂手前の登りはきびしい。でも、振り向けば、魚沼の豊かでやさしい広がりが手にとるよう。また、634mの山頂まで登れば、まだまだ雪を纏ったままの八海山が一望できる。城坂の下りも道の左右にカタクリの花。踏み付けは厳禁。登山道からはけっして外れないように注意して!
 山を下りれば、魚沼の酒に温泉。日ごろの憂さを晴らしに行くのも悪くない。
オオヤマザクラの花吹雪。春うららかな山のひとときに、心もほっこり。 
 

坂戸山 山行DATA
歩行時間計 3時間25分
JR上越線六日町駅(20分)薬師尾根登山口/駐車場(1時間)薬師・寺ヶ鼻尾根分岐(20分)山頂(10分)大城(10分)山頂(10分)主水郭・桃ノ木平分岐(40分)一本杉(15分)薬師尾根登山口/駐車場(20分)JR上越線六日町駅 
山行アドバイス 坂戸山のメインの登路となる薬師尾根はかなりしっかりと整備されており、道を外れなければ危険な箇所はない。頭上にはオオヤマザクラ、足元にはカタクリの花が咲き、理想的な春の花の山歩きが楽しめる。ただし、登りはかなり急。距離はさほどないものの、標高を一気に上げるので、それなりの覚悟が必要である。下りの城坂も道は整っているが、谷筋のルートでもあり季節によっては、残雪があることも。カタクリは踏み付けには非常に弱い植物。登山道を踏み外したり、たくさんあるからと摘み取るようなことはご法度である。
*JR上越線六日町駅から薬師尾根の登山口へは約1.6km、徒歩で20分ほど。六日町の駅から東の方角を見れば、坂戸山は目の前にある。駅前の道をまっすぐに歩き、魚野川を越えれば、もう山裾に。案内図も看板も充実しているので、迷わずに行ける。
*写真は2019年4月23日に取材したもの。

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